四季のクッキー
暗い空の中は、冷たくて冷たくて、火も凍ってしまいそうでした。雲が雪を振らせると、シンシンスースラスーと一面を覆い尽くしました。
生き物達は、ずっと、寒さに震えて、それぞれの家の中で過ごしていました。暖炉の周りに、家族で集まって、温かいミルクを飲んだり、昔話を聞いたりしていました。家族の会話が増えて、知らない家族の顔を知る事が出来きました。そして、家族一緒に朝昼晩とご飯が食べれて、家族で笑い合うことも増えました。でも、長引く寒さから外で遊ぶ事も働く事も出来ずに、心の中ではみんな困っていました。
四季を司るお城では、冬が終わらない事の原因はわかっていました。春の女王様の春の準備が、全く進んでいなかったからです。春の女王様は、お昼寝が大好きで、お菓子も大好き、のんびりする事も大好きでした。
「明日になったらするわ」
春の女王様の口癖です。格好も、綺麗なドレスでは無く、毎日毎日、低価格のスウェットを着て、髪の毛もボサンチンでした。そんな、春の女王様のお世話係達は、何とかやる気を出して貰おうと、毎日毎日、セッセッセッと春の女王様の身の周りを綺麗にしていました。
一方、冬の女王様は、一生懸命に冬を作っては、自分の中で色々なモノが壊れていきました。北風の王様との食事の約束を守れなかったり、木枯らしの姫との約束の旅行に行けなかったり、いつもいつも、スマートフォンでごめんなさいの電話をしていました。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
最近の冬の女王様の口癖です。格好も、
綺麗なドレスではなくなり、着回して薄汚れてしまったフリル、錆びついたティアラ、目の下の隈、萎びた短い髪の毛になっていました。そんな冬の女王様のお世話係達は、一人また一人と疲れていき、倒れては、病気になっていきました。
一人のお世話係が、冬の女王様に言いました。
「冬の女王様、お休みになって下さい。このままでは、冬の女王様が、倒れてしまわれます」
冬の女王様は、フラつきながら、答えました。
「私が、私が、やらなければならないのです。私がやらなければ、訳の分からない季節を作る事になってしまうのですから」
そんなある日の事、冬の女王様の心が、とうとう、壊れ始めてしまいました。部屋の隅で何やらブツブツブツ呟いては、反対側まで歩いて行き、座り込み、意味も無く泣いているのです。冬の女王様のお世話係達は、何とか元気を出して貰おうと、美味しい料理を作ったり、一生懸命にティアラを磨いたり、新しいフリルをドレスにつけたりしました。それでも、冬の女王様は治らなかったのです。お世話係達は、みんな困ってしまいました。
そんな中、女王様に声をかけたお世話係が言いました。
「春の女王様と夏の女王様、秋の女王様に、何か名案を貰いに行こう」
「そうだ、そうだ、そうだ」
みんなして言いました。春の女王様の生活ぶりを、冬の女王のお世話係達は知りませんから、みんなで頑張って、なんとかしようとしていました。それも、自分達だけでは、どうにもならないと思い始めたのでしょう。ですが、冬の女王様を一人きりには出来ません。お世話係の中から、お喋りが上手な人を六名選びました。そして、二人一組になり、三方向へ飛び立ちました。残ったお世話係も、シフトを組んで、一生懸命に冬の女王様を支えて、帰って来るのを待つ事にしました。
一組目が、夏の女王様の元へやってきました。夏の女王様は、外で日向ぼっこをしていました。
「夏の女王様。夏の女王様。冬の女王様が大変なのでございます」
サングラスを外しながら、夏の女王様が答えます。
「あん?冬の女王のところのヤツやんか。うちになんか用なん?」
冬の女王様のお世話係は続けます。
「冬の女王様は、冬をお作りになっておられる最中なのですが、お心がすぐれないご様子で。なんとかなりませんでしょうか?」
話を聞いている夏の女王様は、小麦色の肌に黒ビキニの格好、長い髪は、フワフワクルルンの綺麗な金色でした。ピンクの口紅が、とても良く似合っています。
夏の女王様は、グアッと起き上がると、溜息をついて答えました。
「そりゃ、そうや。季節を作るいううんは、力がぎょうさんいるねんで。ほんで、ほんまは、とっくの昔に過ぎとんねん。冬は。春の女王がサボっとるんや。まったく、あんの、どアホが。やっぱ、うちが動かんと、あかんのやなぁ」
途中から上がってきたその圧力に、呆気にとられている、冬の女王様のお世話係達は、我にかえると言いました。
「それで、どうしたらよろしいのでしょうか?」
夏の女王様は、ニッと笑うと、別荘の中へ案内しました。夏の女王様は、冬の女王様のお世話係へお茶を出すように、夏の女王様のお世話係へ言いました。冬の女王様のお世話係の二人が、不安そうな顔をしていたので、夏の女王様は声をかけました。
「そないな顔せんと、大丈夫やから、うちに任しとき」
夏の女王様は、そう言うとキッチンへ向かいました。
トンカラトンカラペンペンコロコロ
カッカッシャンシャンチーン
キッチンから音が聞こえます。夏の女王様が、何か作っている様です。
トンカラトンカラペンペンコロコロ
カッカッシャンシャンチーン
音が終わると、夏の女王様が戻って来ました。黄色の可愛い袋と白いリボンでラッピングされた、良い香りのする物を持っていました。夏の女王様は、それを、冬の女王様のお世話係に渡すと言いました。
「これ、冬の女王に食べさせとき。んで、他の女王には、うちが連絡したるから安心しぃよ」
冬の女王様のお世話係の二人は、目の前がポッと、明るくなりました。そして、他にも自分達の様に、他の女王様の元へ行った事を夏の女王様へ伝えました。
「ホンマか?せやったら、後は、簡単やな。二人とも、よう頑張った。冬の女王もしんどいやろから、早よ帰たりぃ」
夏の女王様はそう言うと、冬の女王様のお世話係の二人の頭を撫でました。二人とも誇らしい気持ちになりました。その後、二人は夏の女王様に深々と頭を下げると、太陽の様に声をかけてくれる、夏の女王様に、見送られながら、冬の女王様の元へ戻って行きました。
二組目が、秋の女王様の元へやってきました。冬の女王様のお世話係の二人は、秋の女王様のお世話係に事情を説明して、別荘の中へ入りました。その後、二人は、秋の女王様の部屋へと案内されました。秋の女王様は、ランニングマシンで走りながら、目の前の本を読み、肉まんを食べながら、音楽を部屋中に流していました。
「秋の女王様。秋の女王様。冬の女王様が大変なのでございます」
部屋に響き渡る音楽で、秋の女王様の耳には届きません。冬の女王様のお世話係の二人は、意を決して、音楽を鳴らしている機械のスイッチを切りました。すると、ようやく秋の女王様は、二人に気づきました。
「秋の女王様、お楽しみの所、申し訳ございません。冬の女王様が大変なのでございます。私達のお話を、聞いて頂きたいのです」
秋の女王様は、ランニングマシンから降りながら、甘ったるい声で答えました。
「あーっ、冬ちゃん所の人だ。どうしたの?美味しい物食べたいの?」
冬の女王様のお世話係達は続けます。
「秋の女王様、冬の女王様は、今尚、冬を作り続けておいでなのですが、お心具合が悪く、今にも、倒れてしまいそうになっておられるのです。どうか、秋の女王様のお知恵を、お貸し頂けないでしょうか」
話を聞いている秋の女王様は、ブランド品のトレーニングウェアの格好、短い髪は、サラサラキラキラの吸い込まれそうな朱色でした。潤いのある大きな目は、何もかも許される様な、不思議な雰囲気があります。秋の女王様は、話の途中から何処か遠くを見ていました。冬の女王様のお世話係の二人は心配になり、秋の女王様に言いました。
「秋の女王様、失礼かもしれませんが、お聞きになっておられますか?」
ン、ハ、ホ、という反応で秋の女王様は、もう一度冬の女王様のお世話係の二人を見ました。
「ごめんなさい。聞いてなかったぁ」
半分笑ってる顔をして、答えました。冬の女王様のお世話係の二人は、どうしたら良いのか、わからなくなりそうでした。そこへ、秋の女王様のお世話係が、電話を持ってやってきました。
「秋の女王様、夏の女王様からお電話でございます」
秋の女王様は、嬉しい顔になると、持ってきた電話に飛びつきます。冬の女王様のお世話係の二人は、しばらく待つ事にしました。二人とも、心の中ではどうしたものかと思っていました。
「もしもし、夏ちゃん。どうしたの?電話なんて、珍しいよね。もしかして、私の事好きなの?」
秋の女王様は大きな声で喋っています。しばらくすると、秋の女王様は、ビクッとしながら、受話器を耳から離しました。夏の女王様に、何やら怒られた事は、その部屋に居た全ての人にわかりました。秋の女王様は、再び受話器に耳をあてました。
「夏ちゃん、そんなに怒らないでよ。うん、うん、そうなんだ。冬ちゃんがね、だから、ここにも来たんだね。わかったよ、作って渡しとくね。うん、うん、はぁーい。夏ちゃん大好き、じゃあ、またね」
電話が終わると、秋の女王様は、冬の女王様のお世話係の二人に言いました。
「冬ちゃん治すのに必要な物、作ってくるから、待っててね。あっ、そうだったよ。そこの君、二人にお茶出してあげてね。よろしくぅ」
秋の女王様はそう言うと、キッチンの方へ歩いて行きました。冬の女王様のお世話係の二人は、目の前のお茶もそこそこに、キッチンからの音を、注意深く聞いていました。
トンカラトンカラペンペンコロコロ
カッカッシャンシャンチーン
秋の女王様が、何かを作っています。
トンカラトンカラペンペンコロコロ
カッカッシャンシャンチーン
静かになると、秋の女王様がキッチンから帰って来ました。赤い可愛い袋と綺麗な緑のリボンでラッピングされた、良い香りのする物を持っていました。秋の女王様は、それを、冬の女王様のお世話係の二人に渡すと言いました。
「これを、冬ちゃんに食べさせたら、元気モリモリモリだよ。三種類いるんだけど、夏ちゃんのは、もう渡したみたいだから、多分、残りは春ちゃんのだけだね」
冬の女王のお世話係の二人は、安心した顔になりました。秋の女王様に、春の女王様の元へも、自分達の様に向かった事を伝えました。
「そうなんだ、夏ちゃんも連絡したみたいだから、もう少しで元気になるね。みんな、元気が一番。あっ、そうだ。お土産も準備しといたから、持って帰ってみんなで、食べてね。冬ちゃんに、よろしく」
秋の女王様は、そう言うとまた、自分の趣味に没頭し始めました。冬の女王様のお世話係の二人は、見ていないであろう秋の女王様に、深々と頭を下げると、秋の女王様の別荘を出ました。後ろの方で、声が聞こえました。
「欲張り秋ちゃん、レッツゴー」
冬の女王のお世話係の二人は、冬の女王様の元へ急いで帰るのでした。
三組目が、春の女王様の元へやってきました。冬の女王様のお世話係の二人は、春の女王様のお世話係へ事情を説明すると、春の女王様のお世話係は言いました。
「夏の女王様からの連絡を受けて、春の女王様は冬の女王様の状態も把握されておられます。今、お渡しする物を作られておいでですが、いかんせん、あの方ですからね。とりあえず、中でお待ちください」
冬の女王様のお世話係の二人は、その話を聞くと、他の組が、上手くしてくれている事には安心しました。その内の一人は、あの提案をしたお世話係でした。内心、とても不安だったので、その安心といったら、言葉にはならないのでした。中へ入ると、春の女王様のお世話係はキッチンの方を指差して、あそこで、作っている事を伝えてきました。冬の女王様のお世話係の二人は、その近くへ椅子を運び、待たせてもらう事にしました。
トンカラトンカラペンペンコロコロ
カッカッシャンシャンチーン
キッチンから音が聞こえます。春の女王様が、何かを作っています。
トンカラトンカラペンペンコロコロ
カッカッシャンシャンチーン
静かになると、春の女王様がキッチンから現れました。黄緑色の可愛い袋に橙色の綺麗なリボンでラッピングされた、良い香りのする物を持っていました。春の女王様は、冬の女王様のお世話係の二人を見ると近寄ってきました。
「ごめんなさい。私の不徳の致すところです。本当に、ごめんなさい」
春の女王様は深く深く頭を下げました。それを見た、冬の女王様のお世話係の一人である、あの提案をしたお世話係は、グツグツと怒りが込み上げてきました。
冬の女王様が、弱っていく姿が頭の中を駆け巡ります。グルングルングルン廻ると、声を出していました。
「貴女がその様な事をしなければ、私達の冬の女王様は、あんなに弱る事も無かったのです」
その荒々しい声を聞いた、周りの人達は驚きました。季節の女王へ、お世話係が何かを言うなど、あってはならぬ事だったのです。春の女王様は、驚きながらも言いました。
「あなたは、禁忌を犯しました。四季の王様に通報致します。では、春の準備がありますから、これで失礼します」
春の女王様はラッピングされた物を、もう一人の冬の女王様のお世話係に渡すと、足早にその場を立ち去りました。冬の女王様のお世話係の二人は、やってしまった事を思い返して、ぼう然としていました。そこへ、春の女王様の別荘へ招き入れた、春の女王様のお世話係の一人がやってきて言いました。
「なんて事をなさったのだろうとは、思いましたが、なんだか、わたくし達も胸がスーっと致しました。通報はされるでしょうが、四季の王様は良識のあるお方です。お忙しい方ですが、短くしっかりと、今回の事をご説明する事が出来れば、良き様に治めてくださるでしょう」
それを聞いた、冬の女王様のお世話係の二人は、なんとか身体が動く様になりました。春の女王様のお世話係の一人は、続けます。
「ほら、早く冬の女王様の元へ行ってあげて下さい。その四季のクッキーを、早く食べさせてあげて下さい」
二人はようやく歩き出しました。入り口を開けると、後ろから声がしました。
「ごめんなさい」
冬の女王様のお世話係の二人が、振り返ると、春の女王様のお世話係の方々が、ズラリと並んで、頭を下げていました。
それを見ながら、冬の女王様のお世話係の一人が言いました。
「もう、大丈夫です。皆さん、春の準備を頑張って下さい」
それを聞いた春の女王様のお世話係達は、今度は手を振りました。冬の女王様のお世話係の二人は、それを見た後、手を振り返すと、冬の女王様の元へ急ぎました。
冬の女王様の心の壊れ方は、いよいよ、もうダメでした。泣いて、泣いて、涙が出なくなると、涙の跡が顔に残った状態で、部屋中のクッションを切り刻み、獣の様な叫び声をあげては、途端に、電池の切れた人形の様に眠りについていました。残った冬の女王様のお世話係達も、なんとか、なんとか、明日にする為に繋いでは、ベッドへ縛られる毎日でした。ゆっくり休む事も出来ない、寝ればうなされる、食事をしても味が分からない。
冬の奥の奥の奥の中の絶望でした。
ゴウゴウガングゥーガ
風が吹いて、風が吹いて。
ゴウゴウガングゥーガ
人が泣いて、人が泣いて。
今日も、やっとの足取りで一日が始まります。みんな下を向いて、お世話を始めました。
コンコン コンコン
下を向いていた冬の女王様のお世話係達は、ブァブァっと、ようやく前を向きました。一組目が、帰って来たのです。夏の女王様に貰った袋を持って、冬の女王様の所へ行きました。
「冬の女王様、これをお食べ下さい」
冬の女王様の口へ、夏味のクッキーを投げ込むと、冬の女王様は、サクサクシューサクサクシューっと食べました。すると、冬の女王様の目の下の隈が消え、艶のある短い髪の毛になり、伸びきった鋭い爪が元に戻りました。それでも、まだまだ、雨空でした。
コンコン コンコン
二組目が、帰って来ました。秋の女王様に貰った袋を持って、冬の女王様の元へ行きました。
「冬の女王様、これをお食べ下さい」
冬の女王様の口へ、秋味のクッキーを投げ込むと、冬の女王様は、パクパクヒューパクパクヒューっと食べました。すると、冬の女王様の涙の跡が消え去り、肌にゆっくりと赤みがさし、ドレスがシュルリと美しい色合いになりました。それでも、まだまだ、曇り空でした。
コンコン コンコン
三組目が、帰って来ました。春の女王様に貰った袋を持って、冬の女王様の元へ行きました。
「冬の女王様、これをお食べ下さい。これで最後でございます」
冬の女王様の口へ、春味のクッキーを投げ込むと、モグモグスーンモグモグスーンっと食べました。すると、冬の女王様のティアラは輝き出し、部屋中に奏でられる冬風の音楽が流れ出しました。その音に、冬の女王様は微笑み、歌を歌いました。
冷たい雪の温かさを
冷たい氷の美しさを
冷たい冬の楽しさを
今からここに
今からここに
生きてく為に
死にゆく為に
今の冬も 未来の冬も
愛しき者の為に
大切な心の為に
冬の女王様は、歌が終わると、美しい元の女王様へともどりました。冬の女王様は言いました。
「みんな、ありがとう。ようやく、元の姿にもどれました。それは、ここに居るみんなが、私の為に力を尽くし、そして、必ずもどると、私の事を信じてくれたからです。私は幸せ者です」
冬の女王様は、笑顔の中の嬉し涙を流していました。冬の女王様のお世話係のみんなも、拍手する者、両手を上に上げる者、冬の女王様と同じ様に嬉し涙を流す者など様々に喜びました。一人を除いては。冬の女王様は、すぐに、それに気づきました。冬の女王様は理由を尋ねました。
「どうしたのか、お話しなさい」
提案をした冬の女王様のお世話係の一人は、春の女王様の別荘であった事を冬の女王に説明しました。部屋中に散らばった嬉しい光に、一瞬にして、寂しさの黒いカーテンがおりた様でした。冬の女王様は言いました。
「ありがとう。あなたの働きのお陰だったのですね。わかりました、私はもうすぐ交代するので、一緒について行く事は出来ませんが、四季の王様に手紙を書きます。それで、なんとかなるでしょう」
冬の女王様は、スラスラと手紙を書き上げると、虹色のリボンをつけて、手渡しました。
コンコン コンコン
みんな、その音にハッとなりました。四季の王様の従者がやって来たのでした。
「冬の女王様、ご機嫌麗しゅうございます。今回の件、把握されておいでですね。それでは業務に移らせて頂きます」
四季の王様の従者は、冬の女王様に挨拶をした後、部屋をぐるりと回りました。
冬の女王様のお世話係達の顔を見ながらでした。それが、ピタピタピタリと、止まりました。
「あなたですね。あなたは、春の女王様から通報されています。四季の王様の元へ来て頂きます」
提案をした冬の女王様のお世話係の一人は、その従者に連れて行かれました。帰り際、四季の王様の従者は、冬の女王様に一礼して出て行きました。
外にある、ピカピカ光る大きなトラックに乗ると、一直線に四季のお城へ向かいます。窓からの景色が、パシャパシャトンパシャパシャトンとなると、いつの間にやら、四季のお城へ辿り着いていました。
大きな門が開くと、中へトラックがピカピカ進みます。道の右、左には、たくさんの従者達が、一礼をしていました。大きな玄関の扉前まで来ると、ピカピカなトラックは止まりました。
「降りてください」
声をかけられたので、冬の女王様のお世話係の一人は降りました。そして、そのまま促されて、玄関の扉をぬけると、動く床の上に進み、移動しました。一時間か二時間か、分からなくなりそうなくらい進むと、四季の王様の部屋がありました。部屋の扉が開くと、四季の王様とその従者達が、物凄い勢いで働いていました。
「ちょっと、あなた。ここは、もっと丁寧にって、言ったでしょう」
四季の王様の声が響きます。四季の王様は、銀髪の腰まで長い髪に、加工の細かなダイヤモンドの王冠、緑色の瞳は全てを見渡す様であり、しっとりプックリの唇が、部屋の光を照り返していました。
部屋の中の状態に、冬の女王様のお世話係の一人は、呆気にとられていました。
連れて来た従者が、四季の王様に話を通すと、緑色の瞳がこちらを向きました。
冬の女王様のお世話係の一人は、ビクンと鼓動が早くなったのを感じました。
「あらぁ、よく来たわねぇ。待ってたわよぉ。話は聞いてるわ、あの星の春の女王がやっちゃったみたいね。大丈夫よ、あなたには、何の罰もないわ。むしろ逆よ、ご・ほ・う・び、上げようと思ったのよねぇ」
冬の女王様のお世話係の一人は、その話を聞いて少し安心しました。そして、冬の女王様から預かった、虹色リボンの手紙を四季の王様に渡しました。手紙を目で読みながら、四季の王様は、話を続けます。
「手紙の内容は、大体分かったわ。あの星の冬の女王は律儀ねぇ。ポイント高いわぁ。あっ、こっちの話。えっとねぇ、あの星の冬の女王を、あんな状態にしちゃったのは私の責任でもあるの。本当にごめんなさいね。まぁ、この宇宙にある星達の季節を、私一人で調整するのも、無理な話だったからぁ、各星々にね、私の補助として一人一季節で女王をおいたのよねぇ。たまにその中に、あんなのが混じっちゃうのよね。あの星の春の女王にはね、ちゃんと言っておいたから。今度やっちゃったら、あの星からあなたの季節を消しちゃうぞってね」
四季の王様に、そんな力がある事を、冬の女王様のお世話係の一人は知りませんでした。ポカンとしている、冬の女王様のお世話係の一人に気づいて、四季の王様は優しく言いました。
「そうそう、ごめんなさぁい。手紙は分かったわぁ。後、ご褒美の話だったわよねぇ。もう、歳とるとアレなのよねぇ」
四季の王様は、笑いながら、左手で口を隠し、右手の平を、冬の女王様のお世話係の一人へ見せながら、右手で空をあおいでいました。冬の女王様のお世話係の一人は、四季の王様にたずねました。
「四季の王様、ご褒美とは何を頂けるのでしょうか?」
四季の王様は、アッっとした顔になった後、またやっちゃったという顔で、ごめんねぇと両手を合わせてから話を始めました。
「良く聞いてね。まず、あなたの様に、季節の女王様へ意見を言う子なんて、本来なら現れないのよね。そのままで良いなんて子が、大多数なの。でも、あなたは違う。ここの従者達よりも違うの。それにね、この世界や、この宇宙に存在するって事は、あなたの様に、違って良い事、意見を言っても良い事なの。私にだって、言っても良いのよ。本当に、一番ダメな事は、分かっていながら、何も変えられない事なの」
四季の王様は、歌う様に囁やく様に、更に話を進めます。
「それでね、特別な特別なあなたには、あなたとしての存在を強く出来る様に、名前を、あげようと思うの。何が良いかしらねぇ、・・・うぅんと・・・、プライミングちゃんってどうかしら?」
冬の女王様のお世話係の一人は、手が震えるほど喜びました。名無しのお世話係の状態が、この世界では当たり前だったのです。今から言える名前を、四季の王様から頂いたのですから、当然の反応だったのです。ひとしきり喜んだ後、気になっている事を、冬の女王様のお世話係の一人は、いや、プライミングは言いました。
「ありがとうございます。ありがとうございます。四季の王様。あの、それで、私は今までと同じ様に、冬の女王様の元で働いても良いのですか?」
四季の王様は、笑顔で答えます。
「もちろんよ、これからも自信満々で、頑張ってもらわなくちゃ。これからも、あの星の冬の女王の下で頑張ってね。今日は、来てもらっちゃって、ごめんね。
名前以外にも、たくさん、お土産あげるから許してね。じゃあ、仕事が溜まってるみたいだから、またね。あなた達、後は、頼んだわよ」
プライミングは、四季の王様に一礼をして下がりました。四季の王様の従者に、客室へ通されると、お茶を飲みながらお土産の準備を待つ事になりました。
「プライミング、プライミング」
待っている間、プライミングは、自分の名前を繰り返し呟いていました。
コンコン コンコン
「プライミング様。準備が出来ました」
四季の王様の従者に言われると、プライミングは、来るときに乗ったトラックへ向かいました。荷台には、大量のお土産が積んでありました。プライミングは、キョロキョロとお土産を見ると、チョコレートの箱を見つけました。
「良かった。冬の女王様のお好きなチョコレートがあった」
そう、プライミングは呟いて、トラックに乗り込みました。幸せな気持ちで、窓を開けました。春の風の匂いが、空を変えていく事に、プライミングは優しく微笑みました。