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step09 魔法の理(ルール)

 メルハートの口から、新しい魔法の言葉が3つ紡がれた。


 ――『insert』(インサート)

 ――『update』(アップデート)

 ――『delete』(デリート)


 それはまるで、異国の魔法使いが唱える不思議な呪文のような響きを持っていた。

 思わず身を乗り出してしまう僕。


「どういう意味? どういう魔法?」

「あぁもう! 飢えた子犬みたいに騒がない。今から説明する魔法の呪文はね、とっても危険なものなのよ。今日はまだ使い方は教えないわ。あくまでも参考程度に聞いて」


 メルハートは小声になると、唇に人差し指をあてがった。

 机に少し前かがみになりながら、僕を見た。ストロベリー・ブロンドの髪がゆるやかに机で渦を巻く。


「そ、そんなに危険なの?」

「……究極的(・・・)にはね。けれど、私達みたいな中等学舎の生徒レベルじゃ、『ノート』に書いた情報を操作するのが精一杯よ」


「紙に書いた文字なんかを、操作できるってこと?」

「そう。さっきの3つの呪文はね、例えばこの『生徒名簿』を『ノート』に書き写したり、内容を書き換えたり、消したりする事が出来る呪文なの」


 3つの魔法の呪文は、情報を操作するものらしい。書き加えたり、直したり、消したり……。


「凄い! そんなことが出来たら、すごく便利かも。ペンでノートに書き写さなくてもいいもの」

「まぁね。けれど……私達が操作できるのは『ノート』に限定されているけれどね」


「なんで、ノート限定?」

「それは、王国の魔法庁(・・・)教育庁(・・・)でそう決めているから。制限が掛けられているわ」

「あ、なるほど」


 メルハートが机に両びじをつきながら顔を近づける。僕も同じような格好で顔を近づける。甘い息のかかるほどの距離で、唇が動く。


「考えてもみて。生徒が勝手に『生徒名簿』や図書館の本の中身を書き換えたり、消したり出来たら、どうなるかしら?」

「しっちゃかめっちゃか、だね」

「そうね。図書館が成り立たないわ。それどころか世の中が狂っちゃう」

「確かに」


 僕は納得する。魔法といっても制約があるってことだ。じゃなきゃ、好き放題しようって人が出てきちゃうものね。


「だからこの『生徒名簿』や図書館の全ての書籍には、更新制限の魔法、『密封保護(パックド・ロック)』が施されているの。絶対に、魔法では干渉できないように」

「それは納得。変えられないルールなんだものね」


「そう、万物の現状維持は、魔法使いが考えたものではなくて、世界の『(ことわり)』つまりルールだもの。魔法で簡単にルールに干渉できたら大変なことになるわ」

「はは、そりゃそうだ」


 二人で少し笑う。


 ようやく理解できた。僕が今メルハートから学んでいるのは、巨大で複雑な魔法の言語体系のごく一部、入り口にすぎない。

 本物の魔法使いの中には、炎を操ったり、風を起こしたり、運命を見通したり出来る人もいるみたいだ。けれど、それは上位の魔法概念であり、僕が今学んでいる事とはそもそも次元が違う。


 書籍から情報を抜き出して「読むだけ」、という学習用魔法(・・・・・)の世界だ。

 ある意味安全で、ちょっと安心する。


「えぇと、『select』は書籍や名簿から必要な情報だけ抜き出して、魔法の小窓に映し出す。それは「読むだけ」だから書籍や名簿には影響を及ぼさない。僕らがここで魔法を使うことが許されているのは、そういう制約があるから、だね?」


「何よウィズ、流石(・・)ね。理解が早いわ」


 感心したように目を丸くするメルハート。


「で、さっきの3つについて教えてよ」

「実際にはまだ使えないけれど、軽く覚えておいて。『insert』(インサート)は、追加(・・)という意味を持つ、ノートに書き込む魔法の呪文」

「ふむ、追加……と」

 僕はノートにメモをとる。

「次は『update』(アップデート)。これは書き換える呪文、更新(・・)ね」

「更新」

「そして最後は――『delete』(デリート)。削除(・・)という意味の、抹消する呪文よ」


「削除……と、これら3つは、ノートになら使える魔法なの?」


「そうね。『ノート』に文字だけってのは私達が学生だからよ。これが上位になれば、書籍とか名簿は言うに及ばず、人間の『記憶域(・・・)』なんかにも干渉し操作できるみたいね。もちろん、王国が認定する本物の魔法使いレベルの力が必要だけれど」


 メルハートの瞳が、まるで何かを警戒しているように鋭さを帯びる。


「人間の記憶にも!?」


 ドクン……と心臓が脈打つ。僕は、魔法(・・)事故(・・)で学習した知識を全て失ったという。

 まるで狙ったかのように、魔法の知識だけが消えた、と言うことになる。

 今のメルハートの説明を整理すると、少なくとも『delete』(デリート)という魔法を使えば、人間の記憶さえ消せるってことだ。


 午後の日差しが雲に遮られ、俄に影の濃さが増す。足元から忍び寄るような、薄ら寒い違和感を覚える。


「……いい、ウィズ。最初に言ったとおり、中等学舎生徒(わたしたち)のレベルじゃ、ノートに書き写した文字を操作するのが精一杯。けれど、魔法使いレベルの人間なら……出来るでしょうね」


「まさか……僕の記憶って……」


 湧き上がってきたのは、あくまでも曖昧な疑念だ。

 けれど、可能性として僕の魔法の知識は……誰かに、消されたんじゃないのだろうか?

 事故の衝撃で都合よくそこだけ記憶が消える、という事に違和感を感じていた理由がこれだったのだ。


「事故でしょう? なんだか話が少し逸れたわね」

「うん……」

 メルハートはそこで口をつぐむ。そして、背筋を伸ばしてわざとらしく話を変えた。


「知識がなくても、魔法の素質があると判れば魔法高等学舎へ進学できるわ。本物の魔法使いになる道が開かれるの」


「う、うん。だから僕はメルハートと一緒に進学したくて……こうして勉強を」

「そうね。魔法学科の成績が学年一位(・・・・)だったウィズが、急に最下位じゃ困るもの」


 瞳をすっと細め、静かに何かを噛みしめるように言葉を紡ぐ。


 え? 今……メルはなんて言ったの?


「僕が、一位?」

「あら? そんな事も忘れていたの?」


 背もたれに身を預けて顎を引いたメルハートが、青い宝石のような瞳を再び丸くして、くすりと小さな笑みを浮かべた。


「え、えぇ!? い、一位、トップ……僕が!?」

「しかも2年の後半からずっとよ。腹立たしいわ」

「ち、ちなみに……メルの成績って……?」

「おかげさまで。先日のテストでは一位になったわ。いつも2位とか3位だったけれど、嬉しくない棚ボタね」


 ふふん、とツインテールの髪をさらりとかきあげる。

「え、えぇ……!?」

「突然のトップの脱落。喜んだ子も居たでしょうね」


 一番喜んだかもしれない子が、目の前にいるわけですが……。

 

 とはいえ――少なくとも僕はメルハートを信じている。小さな頃からずっと一緒に居た、本当の兄妹みたいなメルハートだけは、絶対に味方のはず。と、僕は信じている。というか……信じたい。


「あのね、言っとくけど、私はウィズの脱落を嬉しく思っていないわ。一位だったウィズが目障りだったけれど、急に最下位なんて……腹立たしくて、ぶん殴りたい気分よ」

「なんだか理不尽な!?」


「わかったらとっとと取り返しなさい。この調子なら、すぐにまた登ってこれるから」

「あ、うん」

「じゃぁ、勉強の続きをしましょう」


 その時。コツ……と誰かがこっちに近づいてくる足音が聞こえた。

 迷路のような書棚の森を抜け、僕達のいる図書館の奥の、離れ小島のような席に近づいてくる。

 やがて、その足音は僕達の方に向かってきた。


「メルハートさんに、ウィズくん……! こんなところにいたの?」


 柔らかい雰囲気の、聞き慣れた女の子の声。

 それは、メガネのクラス委員長、マリアーヌさんだった。


<つづく>


【ワンポイント】

 新しい魔法の言葉は、3つ。

 追加――『insert』(インサート)

 更新――『update』(アップデート)

 削除――『delete』(デリート)


 これらによって、データベース内部の「表」に情報を書き加えたり、書き換えたり、削除したり出来ます。

 メルハートとウィズは学生さんなので、『ノート』に対してのみ行なえる、という制約がついていますけれど。

(具体的な文法や使い方は……本作では取り扱わないかもしれません)

 ご参考まで。


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