表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

step06 魔法の師匠と弟子(サーヴァント)

 ◇

 

 翌朝――。


 僕はまた、いつもの教室の扉をくぐった。


 光のあふれる眩しい窓辺、風に揺れるレースのカーテン、見知ったクラスメイトと交わす軽い挨拶と椅子を引く音、そして楽しげな笑い声――。


 それはいつもと変わらないクラスの朝の光景だ。


 ヒースブリューンヘイム王国、第七王立中等学舎、三年B組。廊下側(・・・)の後ろから二番目の席。日当たりも風通しも悪い席が僕の席だ。

 どちらかと言うと不運続きで日陰な僕にとっては、落ち着けるいい席だと思う。


「……お、おはよう。ウィズくん」

「おはよ、マリアーヌさん」


 僕が着席すると、隣の席の女子が遠慮気味に挨拶をしてくれた。

 丸いメガネと、2つに結分けて前に垂らしたお下げ髪が特徴的な、クラス委員長のマリアーヌさんだ。

 みんなからはマリマリとか、マリちゃんとか呼ばれて親しまれている。


 胸の下まである長い髪は、とても綺麗な小麦色。色白の肌とすこしのソバカスと、桜色を帯びた厚めの唇が、全体的にほんわかとした柔らかな印象の女子だ。

 瞳はこの国では比較的多い僕と同じグリーン系。いわゆる翡翠(ヒスイ)色なのだけれど、僕の席からだと逆光にメガネが反射してよく見えない。


「ご飯、ちゃんと食べてきました?」

「もちろん」

「体温は?」

「平熱……かな」

「ちゃんと測りました?」

「測ったよ……えぇと36.2度」


 そんな会話を交わすとマリアーヌさんは、さっと机の上に広げた『ウィズくん健康観察日誌』に丸印を記入する。


 僕は飼育されているウサギやニワトリか……。


 実は、巻き込まれた事故(・・)で入院した僕は、一週間ほど学舎を休んでいた。そしてその間に急遽席替えがあり、「サポート役」として隣に委員長さんがやってきたのだ。


 僕はこの通り元気だし、『魔法に関する記憶』を無くした以外は至って普通。

 こんな風に特別な健康チェックとか、委員長さんのサポートなんて要らないのだけれど……。まぁ僕にそれを断る権利もない訳で、甘んじて受けるしか無いみたいだ。


 事故の影響で三日間昏睡していた僕は、残念ながら特殊な力に目覚めることも、夢の世界で女神様のお告げを聞くこともなかった。

 けれど目を覚ましたのは、腐れ縁的な幼馴染のメルハートが家に上がり込み、「いつまで寝てんのよ、ガッコ遅刻しちゃうわよ!?」と僕の頭上でキレて叫んだ大声のお陰だった……なんてクラスメイトには絶対内緒の黒歴史だ。


 と、僕が隣の委員長さんの横顔を眺めていると、黒い影が視界を遮った。


「おはよう、ウィズ! マリアーヌ!」


 制服のスカートから覗く細い脚。そこから視線を上に持ち上げると、メルハートだった。

 太陽みたいな笑顔に、白い歯を覗かせて。


「おはよう、メルハートさん」

 突然出来た壁に戸惑う様子もなく、クラス委員長らしい落ち着きを持ってメルハートと挨拶を交わす。


「あ、メルおはよ。……って一緒に登校してたじゃん?」

 今朝も家を出たところで、偶然メルハートと鉢合わせ。僕の家とメルハートの家はお隣同士なので、登校時間も必然的に同じになってしまうのだけれど。


「えぇそうね。けれど挨拶は何度でも言いなさい。爽やかな朝なんだから。……私のサーヴァント」


「え?」

 最後の方は思いっきり早口の小声だったけれど、なんて言ったのだろう? サバ?


「なんでもないわ」

 涼やかに笑うと、一冊の本……いや、薄い冊子のようなものを僕の机においた。


「なにこれ?」


「この学年の名簿よ。今職員室に行って借りてきたの。昨日の帰り際、魔法の術式の勉強で例題にしたでしょ?」

「あ、そうだね。本物がないと試せないんだ」

「もちろん、個人情報の塊だから学校の外へは持ち出せないけれど、図書館なら平気よ」


「うん、じゃぁまた放課後……」


「魔法の勉強の続きをしましょ! じゃぁね」


 メルハートはくるりと踵を返すと、綺麗に結分けたツインテールを翻しながら、クラスの女子グループの輪の中へ混じってゆく。


 眩しい朝日の差し込む窓辺は、キャッキャと麗しい乙女たちの社交場だ。クラスの大半の男子たちは、そんな様子をウットリと遠目に眺めるばかり。


 ちなみにメルハートの席は、僕の六列隣り。つまり「窓際の後ろから二番目」という実に羨ましい絶好のロケーションが楽しめる席だ。

 僕と正反対の位置だけど、時々横を見ると……視線が合う。

 なんで睨んでいるのかは、よくわからないけれど。


 僕は手元に残された革表紙の薄い名簿をめくってみた。学年120人の名前と、クラス名などが書いてある。これを使って、また放課後に魔法の勉強の続きをする。


「あの……ウィズくん……」

「なに?」


 隣の席の委員長、マリアーヌさんが静かに声をかけてきた。少しだけ頭を低くして、何かから身を隠すみたいに。


「メルハートさんから、魔法……教えてもらってるの?」

「……うん」


「そう……」

 なんだかとても寂しそうな、ガッカリしたような顔で、視線を外す。


「あ、別にその………忘れちゃったからね、教えてもらってるんだよ」

「そうなんだ……。じゃぁ……ウィズくんは、メルハートさんの……魔法の弟子(サーヴァント)なんだね」


「でし……?」

 キョトンとする僕の顔を見て、眼鏡の奥の瞳を何度か瞬かせる。


「弟子、サーヴァント。魔法は書物を読んだだけじゃ覚えられないの。必ず……誰かが口にした言葉でしか記憶に残せないものなの。そして言葉は……魔法の契約。師匠と弟子の絆を結ぶものなのよ」


「…………えっ!?」


 思わず息が止まりそうになり、メルハートの方を見る。けれど友達とのお喋りに興じて、僕なんて眼中にないみたいだ。


「ウィズくん、魔法を無くしたって聞いたから……てっきり私が……。ううん。いいの……、メルハートさんじゃ、仕方ないよね」


 力なく笑みを浮かべたマリアーヌさんは、自分の机に向き直り、細い指を絡めた。


 えっ!? えっ……えぇええ!?


 僕は……とんでもないお願いを、メルにしてしまったんじゃ……ないだろうか?


<つづく>


【さくしゃより】


 はい、今回はお勉強は1日お休みです。

 メルハートとウィズのクラスでの様子、そして魔法のこと。

 すこしだけ明かされました。


 次回は放課後の図書館再び。お勉強の再開です。


 では、また!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ