【3】俺の世界を彩る、彼女の色
いつもの癖でつい「恋愛」で登録してたようですがジャンル「ホラー」です。すいません。でも基本お兄さんと女の子が悪夢の世界でいちゃいちゃする話となっています。
夢の世界だけれど、疲労感というのは存在していて。
敵から逃げるのに疲れたときは、『緑の部屋』で二人して過ごすこともあった。
この屋敷はどこも冷たくて、寒い気がして。
自然と体を寄せ合う。
緑の部屋には大きめのソファーがあって、それぞれが端に座る。
俺はミオと色んな話をした。
最初は何を話していいかわからなくて、沈黙が怖かった。
子供なんてものと関わったことはなかったから。
俺は大人だから、こんな所にいるか弱い子供を不安がらせないようにしないといけない。
そんな強迫観念から、話そうとしていたと思う。
でも、自分は彼女を楽しませるような話を、何も持ってないと気づいた。
流行の服や、世界の話。
自分に必要な人たちとの会話のために得た知識はあった。
けどそれが彼女にとって必要なものだとは思えなかった。
「ごめん。何も俺は楽しい話ができないな」
そう呟いたら、俺自身のことを聞きたいとせがまれた。
自分自身のことなんて何を話せばいいんだろう。
そう思いながら、淡々と自分自身を振り返るように話して言って。
履歴書のような内容を、ただ並べていく。
どこの小学校を卒業して、大学に入って、会社に勤めて。
そしたら、そうじゃないよと言われた。
「タクトは食べ物の中で何が好き?」
「そんな事を聞いてどうするんだ」
それこそ意味のない情報だと思った。
俺が何を好きかなんて、どうでもいいことだ。
特に他人のミオにとっては。
「んーじゃあ、夢の外に出れたら一緒に食べに行こう?」
とってつけたような理由をミオは口にした。
「わたしはね、苺のケーキが好きだよ! あとプリンも好きだし、アイスクリームも好きなの!」
たくさんの好きをミオはあげていく。
指を折りながら数えていくその様子は、とても真剣で。
何故かずっと見ていたいと思った。
利用価値のない他人の好きなものなんて、意味のない情報でしかない。
そのはずなのに、俺はしっかりとミオの好きなものを頭に刻もうとしていて、そんな自分に驚いた。
ミオの話の中心は、学校での出来事や、楽しかったこと、嫌だったこと。
話は脈絡ないときもあったけど、一生懸命に俺へ伝えようとしているのがわかった。
「それでね、校長先生のカツラがとれて、皆笑わないようにするのが大変だったんだ」
ふふっとミオが笑って、釣られるように俺も笑っていた。
話が別に面白かったわけでもない。
ミオがそうやって笑ってくれることに、自然と笑みが漏れていた。
何度もミオと出会って話すうちに気づく。
ミオの話と俺の話の違い。
俺は相手に情報を与えようとするだけだけれど、ミオは感じたことを相手に伝えようとする。
アスファルトを破って道路わきに生えていた花を見て、道を邪魔する雑草だなと思う俺と、花のたくましさに感動するミオ。
俺が気にも留めないようなことに、彼女は心動かされる。
自分だけなら一生知らなかった目線。
こんな見方があるのかと、目から鱗が落ちた気分だった。
俺とミオの感じ方は、驚くほどに違っていて。
それを知ることで、自分の中が色づいていくような、不思議な感覚を覚えた。
ミオにとって大切なのは、俺が何を思って過ごしているのか。
その事に気づいてから考えてみたけれど、日々は繰り返しで。
ミオのように心動かされることは、俺の日常になかった。
――違うな。何も考えずに生きてきただけだ。
空の色や、街の景色。
道端に咲いている花や人々。
俺と同じ一日を過ごしても、ミオならきっと色んな発見があることだろう。
それに気づいてから、俺は周りを見るようになった。
今まで歩いていた道に、花屋があることすら俺は気づいてなかった。
白と桃色の小ぶりな花のミニブーケ。
ミオにあげたら喜ぶかな、なんてそんな事を思った。
面白い看板を見つけたり、綺麗な街のイルミネーションを見て、ミオにも見せたいなって思ったり。
ミオと話すための何かを、自然と探している自分がいて。
夢へ行くのは苦痛でしかなかったはずなのに、ミオに会えることをどこか楽しみにしてる自分がいた。
ミオが側にいてくれるだけで、心の中の空白が埋まるようで。
彼女の二倍も生きてるくせに、初めての感覚に戸惑う。
きっとこれが心が安らぐってことなんだと気づいて、ずっと求めていたものが見つかったようなそんな気がしていた。
彼女がたわいない言葉に笑ってくれるだけで、心の奥の固くなった部分がほぐれていく。
ミオは目に見えて、俺に心を許していくようで。
それがとても優越感というか、俺をなんとも言えないむず痒い気持ちにしてくれた。
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俺とミオが出会って、一ヶ月ほど経った。
「タクト!」
ミオは俺の姿を見つけると心底嬉しそうな顔をしてかけよってくるようになっていた。
俺を見つけて勢い良く抱きついてくるミオを受け止め、ぎゅっと抱きしめ返す。
「……何かあった?」
その日のミオはいつもと変わらないように見えたけど、ちょっとだけ違う気がした。
それはただの勘だったのだけど正解だったようで、ミオはほんの少し瞳を潤ませて俺の体に頭をすりつけてきた。
「誕生日なんだけど、お父さんが帰ってきてくれなかったの」
「そっか」
ミオの声は悲しげに揺れていて。
今日は城の散策をする前に、ミオの話を聞くことにする。
緑の部屋に置かれているソファーに、ミオと二人で座る。
最初はソファーの端と端に座っていたのに、いまでは寄り添うようにして座るのが当たり前になっていた。
一緒に過ごしてくれると言ったのに、父親は直前で仕事が入ったと電話してきたらしい。
ミオは父の仕事が忙しいのはわかっているから、気にしないでと答えたのだけれど、本当は嫌だったようだ。
もしかしたら帰ってきてくれるんじゃないか。
そう思って、リビングで待っているうちに寝てしまったらしい。
「帰ってきてって言えばよかったのに」
「お父さん、忙しいから。わがまま言ったらだめなの。ミオはいい子でいなきゃ」
寂しいという言葉を飲み込むミオが健気で、気づいたら思わず抱きしめていた。
安心させるように、優しく頭を撫でる。
「ミオ、お誕生日おめでとう。俺がお父さんの分まで祝うよ。プレゼントは何も持ってないけどね」
「……ありがとう、タクト」
ふわりとミオが微笑んで。
その笑顔がとても可愛いと思った。
最初の頃は沈黙が怖かったのに、今ではミオといて何も喋らなくても平気になっていた。
言葉で時間を繋がなくても気まずくならないというか、無言でも空間をちゃんと共有できるというか。
誰かが側にいるのに、気を張らなくていい。
むしろその温かみや温度に、その存在に落ち着きを感じるなんて事、今まではなかった。
ミオは不思議な存在だなと思う。
――もしかしたら、ミオも化け物と同じで俺の夢の登場人物なのかもな。
その方がしっくりくるような気がした。
自分の感情をこんなにも揺れ動かす。
そんなモノが存在してるなんて、それこそ現実味がなかった。
ふいにミオの体が傾いで、俺に寄りかかってきた。
どうしたんだろうと思って横を見れば、ミオは寝ていた。
夢の中でも寝れるのかという事よりも、眠ることができたことに驚いた。
俺とミオにとって、眠りは恐怖でしかない。
眠るという行為自体が、恐ろしくてしかたないのだ。
だからどんなに疲弊した感覚があろうとも、決して眠るようなマネはしなかった。
なのに今ミオは、俺に体を預けて寝ていた。
その顔は安らいでいて幼い。
無防備な寝顔は、まるで俺に全幅の信頼を置いているかのようで。
その事がなんだか嬉しかった。
しばらくはそのままにしておこう。
すでにここは『悪夢』の中だけど、その中で少しでもミオがいい夢を見られるように。
そんなことを思いながら、ミオの頭を自分の膝の上にのっける。
その重みを感じながら目を閉じて、ソファーに背を預ける。
――気づけば俺も、『悪夢』の中で眠りに落ちていた。