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【2】緑の部屋と幼い女の子

 ミオは十歳の女の子で、黄色の王女に捕まって、人形になる魔法をかけられていたらしい。

 彼女と出会ってから、俺は夢の中で一人ではなくなった。


 ミオは俺と同じく、『悪夢』を見ている普通の人間のようだった。

 二週間くらい前からこの夢を見るようになったらしい。

 一方、俺がこの夢を見るようになったのも二週間前。

 どちらにも共通していたのは、変な店に行って、変な絵を見た直後からこの『悪夢』を見るようになったという事だった。



 二週間前のあの日。

 俺は残業で遅くなって、駅へと急ぐため近道をした。

 ふとした瞬間に、ビルとビルの間の細い道の奥、店があるのが見えた。


 こんなビル街のどまんなかにふさわしくない、小さなレンガづくりのお店。

 道路から店までの細い道には、等間隔にランプが置かれていて、こちらにおいでと誘っているようだった。

 開けられたドアの奥に仄かな光が見えて。

 普段だったらこんな怪しい店に入ることは絶対ないのに、なぜか引き付けられるように俺はその店に足を踏み入れた。


 店は雑貨屋のようだった。

 オレンジのランプに照らされた室内には、アンティークな品々。

 まるで時を止めたかのようにそこにある。

 俺の足は勝手に動いて、奥へと進んで。

 気がつけば、大きな絵の前に立っていた。


 両手を二つ広げたくらいの大きな額縁。

 キャンバスは黒く塗りつぶされていて、所々色んな色の端が見える。

 まるで何かを描いて後に、衝動的に黒いクレヨンで塗りつぶしてしまったような絵ともいえない絵なのに、どうしてか目を奪われた。


 その黒に、俺は酷く引き付けられた。

 黒に隠された向こう側に、何かが見える気がしたのだ。

 気づけばその絵をじっと眺め続けていて。


「おやこんな時間にお客さんとは珍しい」

 振り向けばいつの間にかそこに、二十代後半くらいの見た目をした男が立っていた。

 暮れた後の空を思い起こさせる菫色の長い髪を頭の上でくくった、やけに綺麗な顔をした男だった。


 この作品は『悪夢ナイトメア』という作品らしい。

 気に入ってくれて嬉しいと男は言って、俺にお茶を入れてくれた。

 もう終電だし帰らなきゃいけない。

 そう断ったのだけど、お茶一杯分の余裕はあるだろうと言われて、俺は結局その店に長居してしまった。


 甘い花のような香りが店には充満していて、頭がぼーっとして。

 男とどんな話をしたのかよく覚えてはいない。

 ただ、自分のことをたくさん話してしまったような気がしていた。

 店の外に出て外気にあたって、我に返って。


 終電があるのに何をしてたんだ俺はと時計を見たら、店に入ってから三分も経ってなかった。

 お茶も飲んで話もして。

 体感時間としては、二時間以上はあったのに。


 夢でも見てたのかもしれないと、その時の俺は簡単に片付けたのだけれど。

 その日の夜から、『悪夢』にうなされるようになった。

 

 一方、ミオは日曜日の朝にあの店を見つけたらしい。

 ビルとビルの隙間なんかではなく、公園横の空き地だったはずの場所にあの店が建っていたんだとミオは言った。

 中に入って黒く塗りつぶされた絵を眺めてたら、ミオと同じ歳くらいの金髪の男の子が現れたらしい。

 そしてお茶を飲んで、その日の夜から『悪夢』を見るようになった。


 俺もミオもすぐにあの店を探したのだけど、店はそこになかった。

 跡形も無く、むしろ最初からそこになかったのだというように、忽然と姿を消していたのだ。


「城のどこかに外に繋がるドアが隠されてるって、黄色の王子が言ってた。それを一緒に探そう」

「黄色の王子? 黄色の王女じゃなくて?」

 ミオの言葉に首を傾げる。

 俺は黄色の王女しか見たことがなかったけれど、黄色の王子もいるらしい。


「わたしがお店で出会った子だよ。ここでは王子様の格好をしていて、黄色の王子って名前なんだって。会えた時には色々教えてくれるんだけど、双子のお姉さんが王子のふりをしていることもあるんだ。それでこの前は間違ってお姉さんの黄色の王女に話しかけたら、人形にされちゃったの」


 黄色の王子と王女は双子らしく、よく入れ替わっているようだった。

 王女の性格は遊び好きで、人の困った顔を見るのが大好きなサディストだと、身を持って知っていた。

 けど王子の方は、ミオによると優しいらしい。


「城の外へは出してくれないんだけどね」

 しゅんとした面持ちで、ミオは呟く。

 その顔は今にも泣きそうで、少しどきっとした。

 子供に泣かれたら、どうしていいかわからなかったから。

「城から出られるドアを協力して探そう?」

 けどミオは泣かずに、そう提案してきた。


「……そうだな。そうするか」

 その提案に、俺は少し悩んでから頷いた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 毎度、夢を訪れたらまず『緑の部屋』に向かう。

 『緑の部屋』というのは、俺がドアに葉っぱのマークを描いた、泉のある庭の事だ。

 そこでミオと待ち合わせをして、それから毎日のように城を一緒に散策して歩いた。


 しばらく過ごしていくうちに、この『悪夢』のことが少しずつわかってきた。 

 『悪夢』の世界の時間は、デタラメで。

 朝と昼と夕方と夜が、一定の時間ごとにランダムに訪れる。

 同じ時間がずっと続くこともある。


 緑の部屋には巨大な砂時計のオブジェがあり、時間帯が変わるとくるりと回転する。

 部屋についてから三回砂時計が回っても相手が来ない場合、一人で行動するというルールを俺とミオは決めていた。

 このよくわからない『悪夢』の中では、もしも相手が先に敵にやられて死んでしまった場合、永遠に待ちぼうけの可能性があるからだ。



 この日もミオと合流できたので、手を繋いで城を歩く。

 どこに何があると把握しながら、少しずつ調べていって。

 じりじりと俺たちは行動範囲を広げていった。


 化け物が出てきたりすると、幼いミオは足手まといにしかならないのだけれど、そこにいるだけで俺にとっては意味があった。

 非力で、面倒で、か弱くて。

 あまり俺にとって意味のない、むしろ持っていることで危険に陥る恐れもある存在。

 なのに、手放す気には全くなれなかった。



 俺は仕事も遊びも何でも、必要のない無駄なモノは切り捨ててきた。

 いつだって基準は、それが俺にとって有益なモノかどうか。


「無駄なことはするな」

 それが親の口癖で。

 友達と遊ぶのは悪い事で、趣味や何かに没頭する時間があれば、勉強をするべきで。

 小さい頃から、それに従って生きてきた。

  

 ――ミオは幼いし、こんな不気味なところへ来て不安だろう。

 俺がしっかりして支えて、なんとしても夢から外へださなきゃ。

 そんな思いが、俺を強くする一方で。


 ――ミオは俺にとって、不必要なモノじゃないかな。

 無駄なモノは俺には必要ない。

 足を引っ張るものは切り捨てるべきだ。

 こんなわけのわからない世界で、自分だけでも大変なのに、どうしてお荷物を抱える必要がある。

 そんな思いが脅迫のように、心に囁いてくる。



 何もかも切り捨てて、今の成功した俺があって。

 周りは皆俺をうらやんで、親も褒めてくれる。

 無駄なものを持たなかったから、真っ直ぐここまでこれた。

 必要なものは全部この手の中にある。

 余所見をせずに、正しい道だけ歩んできたはずだ。


 ――そのはずなのに、どうしてこんなに俺は満たされないんだろう。

 自分が空っぽだと思う。

 現実でも夢でも、ふいに暗闇が襲ってくるような感覚に囚われる。

 足元がぐらついて、どこに立っているのかもわからなくなって。

 出口のない化け物だらけの城は、まるで自分の心みたいだと思う。


「――タクト」

 温かな手のぬくもりにはっと我に返れば、ミオが俺の手を両手で握って、心配そうに見上げていた。


「本当、この屋敷に出口なんてあるのかな」

 軽い口調で、ちょっと愚痴るように。

 幼いミオの前で言うべき言葉じゃないのに、不安がつい漏れた。


「入れたなら、外に出れるよ」

 それはきっとただの慰めで、ミオ自身がそう思いたいことなんだろう。

 何を根拠のないことをなんて、普段の俺なら思うところだ。

 でもミオが言うと、不思議と「そんな日がくるといいな」なんて、素直に思うことができた。

 

 ミオは明るい子だった。

 純粋で、天真爛漫とでも言うんだろうか。

 こんな不気味な夢の世界に来て心細いだろうに、泣き言を全く言わない。

 俺にはミオのそんなところが、よく理解できなかった。


 泣き喚いて、助けてくれるのが当然だという顔をして大人に縋りつく。

 それがこの状況に置かれた子供の行動として、もっとも正常なモノだと思っていた。


 ――逆に子供だから、この状況の恐怖を理解できていないのかもしれない。

 うらやましいことだ。

 そんな皮肉っぽいことを、俺は考えていた。

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「ランドセルなわたしに前世の騎士が付きまとってきます」真面目騎士×しっかりもの小学生。ほのぼのです。
「育ててくれたオネェな彼に恋をしています」オネェ男子×健気幼女もどうぞ。
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