【13】再会
ミオに会って何を話せばいいだろう。
本当に現実で会えるなんて、それこそ夢みたいだ。
ミオの部屋に案内され、ベットに腰を下ろす。
子供用の小さなベット。
勉強机に、かわいらしいぬいぐるみがおかれた棚。
女の子の部屋といった感じだ。
――花束くらい買ってこればよかったかな。
いや、それとも好きだと言っていたプリンを手土産にするべきだったか。
ポケットの中にはポストに入れそびれた、小さなヘアピン。
そわそわと落ち着かず、立ったり座ったりを繰り返していたら、きぃと音を立ててドアが開いた。
そちらにばっと目をやる。
そこにはミオが立っていた。
ツインテールには白いリボン。
赤いランドセルに学校指定の制服は、プリーツになったスカートが可愛い。
翡翠色の瞳が俺を捉えて、大きく見開かれる。
「っ!」
思わずよろめくほどに勢いよく、ミオは俺の腰にぶつかってきた。
それをしっかりと受け止める。
「……タクト、タクトタクトっ!」
まるで壊れたオルゴールのように、ミオは俺の名前を連呼する。
今にも泣きそうな声で、俺がここにいるんだと確かめるように。
小さな肩が震えていることに気がついて、不安にさせていたんだと気づいた。
「ごめん、来るのが遅れて。待たせたよね」
そっと頭をなでれば、ミオは大きな声を上げて泣き出す。
そんな風に泣くミオを見るのは初めてで、思わず戸惑う。
化け物たちに体を喰われる時だって、涙を滲ませて恐怖に顔を引きつらせはしたけれど、こんなに激しくミオは泣いたりしなかった。
ミオの泣き声に驚いたのか、ドアからミオの父親が顔を出した。
俺の服にしがみついて泣く娘の姿を見て、一つ頭を下げるとそっとドアを閉めて行く。
俺はしばらくじっとミオが泣き止むまで、そのまま立ち尽くした。
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泣き止んだミオを、ベットに座らせる。
緑の部屋にあったソファーでしていたみたいに、二人して並んで寄り添った。
「ずっと、待ってた」
「うん、ごめんね。ミオがいなかったらって思うと、怖くなったんだ」
格好悪い本音をさらしてミオに謝れば、ミオはぎゅっと俺の手を握ってくる。
「一緒にいるって言った」
「独りにしたことも、悪かったとおもってる。臆病者でごめんね」
まるでだだを捏ねるかのように、唇を尖らせるミオが可愛い。
甘えてくれているのだと思えば、嬉しくてしかたなかった。
すぐ側に本当にミオがいるんだと思うと、胸にほんのりと温かなものが染み渡るようで。
ミオに怒られているのに、顔がにやけてしまう。
「タクト!」
「うんごめん」
わたし本当に怒ってるんだからというように、頬を膨らますその動作が、愛らしくて、
つい笑いが漏れていた。
会えなかった分というように、ミオは俺に話しかけてきた。
赤く高揚した頬で。
ミオは夢の中の彼女よりも大分痩せていて。手足はがりがりだし、目の部分にはクマがある。
まるで病気の子供と言った様子で、ミオの父親が心配するのも頷けた。
「ミオ、悪夢はもう見ないのに、寝てないの?」
「だって寝てもタクトに会えない。現実で会いに来てくれるって言ったのに、きてくれないし。タクトがいないってわかるのか嫌で、眠れなかった」
尋ねればミオはそんな事を言ってくる。
結局ミオも、俺と同じで寂しかったのだと思うと、心がくすぐったい気持ちになった。
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ミオは、俺といる間ずっと手を離そうとしなかった。
「それでね……」
うつらうつらとしながら、考えがまとまっていないだろう頭で、必死に言葉を紡ごうとする。
「ミオ、眠たいんだろう? 寝れる時に寝た方がいい。また来るから」
そう言えば、ミオは思い切り首を横に振って、両手でがっしりと俺の手に抱きついてくる。
「やだ。寝たら、タクトがいなくなる」
「いなくならないよ」
頑ななミオに、自分がどれだけ彼女を不安にさせていたかを知る。
勇気を出してもっと早く着ていればよかったと後悔した。
「わかった。じゃあ、夕飯の時間まではここにいるから、その時まで寝ようか。起こしてあげる」
「タクトも隣で一緒に寝てくれるなら、そうする」
俺の提案にミオはそんな言い出し、俺もその条件を飲むことにした。
二人して寄り添うようにベットに横になる。
「絶対に寝てる間にいなくならないでね?」
「わかってるよ。ほら、肩まで被って」
何度も念を押すミオに頷いて、毛布をかける。
ゆっくりとミオは目を閉じて。
それからすぐに寝息が聞こえてきた。
よほど眠かったんだろう。
ミオの頬はすこしこけていて、腕に納まるその華奢な体が痛々しい。
こんな小さな子が、あの悪夢の中で戦っていたのかと思うと、居たたまれない。
――あぁ、でも。
本当に『悪夢』から抜け出せたんだな。
ミオの落ち着いた寝顔に、ようやくそれが実感できた気がして。
いつの間にかうとうとと、俺も穏やかな眠りの世界に落ちていた。
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「ん……」
眩しくて目を覚ませば、腕の中にミオがいた。
俺の身じろぎで目を覚ましたミオは、とろんとした瞳で俺を見て、嬉しそうに微笑んで。
それからまた俺の胸に頭をすりつけて寝てしまう。
一瞬、自分が緑の部屋にいるのかと錯覚したけれど、そこはあまり見覚えのない部屋で。
ゆっくりと脳が覚醒して、ここがミオの部屋だったことを思い出す。
カーテンの向こうから漏れている光は、夕焼けなんかじゃ決してなく。
まるで朝陽のようなすがすがしい色だ。
「って、会社!」
思わず跳ね起きる。
どうやら俺は、あの後夕飯どころか朝までミオと寝ていたらしい。
しまったと思いながら、急いで鞄を探す。
ミオが目をこすりながら、何事なんだろうというような顔をしていた。
「今日日曜日だよ。タクトは会社なの?」
「あぁ。仕上げなきゃいけない書類が……」
口にして途中でやめる。
別にその仕事は月曜日でもできた。
急ぎが入っているわけでもなく、他の人に迷惑を少しはかけてしまうかもしれないが、俺が今日一日休んだところで問題はない。
明日フォローして謝れば、解決できる範囲だ。
「……今日は、会社休むことにするよ。ミオと過ごしたいから」
そういえば、ミオは満面の笑みになった。
初めてのズル休み。
こんな風に会社を休んだことは今までなくて、それは正しくないことだと頭の中でいつもの自分の声がしたけど。
ズル休みの罪悪感よりも、ミオと一緒に過ごしたいという気持ちの方が何倍も上で。
やらなくちゃいけないことよりも、やりたいことを優先したのも、これが初めてかもしれなかった。




