【12】赤の女王と現実と
真っ白な部屋の中で、ぼーっとしていたら目の前にドアが出現して、ミオが入ってきた。
「タクト、よかった無事だったんだね!」
嬉しそうに俺の手を握ってくる。
黄色の王女だったか王子だったかとの対決は、わりとスムーズに終わったらしかった。
立ち上がり部屋の奥を見れば、真っ赤なドア。
その先には、赤の女王が待っている。
「よし行くぞ」
気合を入れて、ミオの手を握る。
そうすればミオも握り返してくれた。
緊張の中ドアを開ければ、そこには目に痛い赤の部屋があった。
部屋には赤の女王が待っていた。
「ようやくきたか! 待ちくたびれた」
苛立たしげにそう言って、マニキュアの施された真っ赤な爪先で、部屋の奥を指差す。
「次の部屋からいつものように城の外へ出られる。とっとと行け」
一瞬、赤の女王に何を言われているのかわからなかった。
「何をぼーっとしている。さっさと行け。悪夢から抜け出したいんだろう」
ぐいぐいと俺たちの背中を、思いのほか強い力で女王は押してきた。
「えっ、いやちょっと。いいのか?」
「アホか。何のためにオレが毎回お前達を顔なしウサギに探させて、首を撥ねてやったり、部屋にアイテム置いたりしてやったと思ってるんだ。スムーズに外に出れるようにだろうが。つーか、まずこんなとこに迷い込んでくるな馬鹿共が!」
戸惑う俺たちに、女王は暴言を吐いてくる。
しかもなんだか男言葉だ。
「もしかしてあんたは、味方だったのか?」
「味方じゃねーよ、敵だ。この絵を復元した馬鹿だよ」
思わず問いかければ、赤の女王はそんな事を口にする。
彼女というか、元男らしい赤の女王は画家で。
古い倉庫で、何十にも布につつまれた上、厳重に保管されていた『悪夢』という絵を見つけたらしい。
呪われているからと止める人々を押し切って、彼はこの絵を復元し、世に送り出してしまったようだった。
「元凶はあんたってことじゃないか!」
「そうだオレが悪い! けどな、魅入られるようなヤツも悪い。堂々と自分を持ってる奴なら、ここに迷い込んではこないんだよ」
文句を言えば、凄い勢いで開き直られた。
彼は人の作品を自分の作品として、偽ってばかりいたらしい。
自分に自信がなくて、他人のマネをしてばかりいたら、この悪夢に取り入られてしまったのだと口にした。
「もう二度と、迷い込んでくんなよ!」
そんな女王の言葉を背に、あっさりと俺とミオは次の部屋へと進んだ。
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部屋に足を踏み入れば、赤の女王の部屋と繋がっていたドアは消える。
最後の部屋は、慣れ親しんだ緑の部屋だった。
けど、ドアはどこにも見当たらなくて。
ふいに、赤の女王が言っていたことを思い出す。
――次の部屋から、いつものように城の外へ出られる。
たしかそう言っていた。
つまりは、ミオと一緒に眠れば、この『悪夢』から抜け出せるということなんだろう。
ミオも俺と同じ答えに思い至ったようだった。
「あのね、タクト。あのねっ!」
必死な顔で、ミオは何かを伝えようと口を開くけれど、それを言葉にするのを恐れるように飲み込んでしまう。
「――悪夢から覚めたら、現実のミオに会いにいくよ。一緒にいるって約束したからね」
そう言えば、ミオは嬉しそうに「うん」と頷く。
とても幸せそうな顔で。
いつものようにソファーに二人で抱き合うようにして横になる。
互いの手をぎゅっと握り締めて、視線を交わす。
「おやすみ。また現実で」
「うん、おやすみなさいタクト。またね!」
俺の言葉に安心したように、ミオは胸に頭をすりよせてきて。
その寝顔を見ながら、俺もいつの間にか『悪夢』で安らかな眠りについた。
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目が覚めれば、ベットの上で。
頭がやけにすっきりとしていて、今までになく爽やかな朝だった。
その瞬間、『悪夢』が終わったことを知った。
あんなに悩まされていたのに、こんなにあっけなく『悪夢』は終わりを告げて。
まるで全てが嘘のように、平穏な日常が帰ってきた。
けど、未だに眠るのが怖い。
寝るために睡眠薬を必要とする日々は続いていた。
ミオがいれば眠れるんだろうかとそんな事を思う。
けど、俺は一ヶ月が経った今でも、ミオの元を訪れてはいなかった。
ミオの通っている学校や、家の場所は聞いていたから知っていた。
でも。
もしもそこを訪ねて、ミオがいなかったら?
全部が全部、俺の妄想だったら?
そもそもが夢の中という不確かな場所での出会いだ。
大体、ミオの存在は俺にとって都合が良すぎた。
あんな嫌なところばっかり見せたのに、自分を好いてくれる人間なんて、いるんだろうか。
もしも会いに行って、ミオが存在しなかったらと考えると、気が気じゃなくて。
その現実を突きつけられたら、現実が『悪夢』にすり替わる気がした。
そのくせやっぱりミオに会いたくて。
結局はミオのいる街に出かけて行った。
ミオが住んでいると言っていた街は、俺の会社から近い。
だから行こうと思えば実はいつでも行けた。
学校の通学路沿いにあるカフェに入って、子供の姿を眺めて。
でもミオの姿が見当たらなかったから、ミオから教えてもらった住所へ行った。
なかなかにミオの家は大きい。
父親が大会社の社長である俺の実家と、そう大きさが変わらない。
チャイムを鳴らす前に怖気づく。
中からミオ以外の誰かが出てきたら、どう自分のことを説明していいのかさっぱりわからない事に気づいた。
――やっぱり帰ろう。
そう思った。
ミオにプレゼントとして買った、ヘアピンだけをポストに入れようと決める。
緑の葉をモチーフにしたヘアピン。
あの緑の部屋に書いていたマークにちょっと似てると思った。
きっとミオなら、これだけで俺がきたことは伝わるはずだ。
そう考えてポストに手を伸ばした瞬間に、家のドアが空いた。
「あっ……」
思わず固まる。
三十代後半くらいの男の人。
以前、その顔は黄色の王子の部屋で見たことがあった。
あれはミオの父親だ。
「すいません、失礼します」
そう言って踵を返そうとしたら、腕をつかまれた。
「タクト君というのは、君だったのか!」
ミオの父親は驚いた様子でそう叫んで、有無を言わさず、俺を強引に家に連れ込んだ。
お茶を振舞われ、どうしたものかと視線を彷徨わせる。
「えっと……あの?」
「変な話をすると思うんだが、できれば聞いて欲しいんだ。いいかね?」
改まって、ミオの父親はそう切り出してきた。
「うちの娘は半年くらい前から悪夢にうなされるようになってね。日に日に弱っていったんだ。医者に見せたが精神的なものだといわれた。城に閉じ込められて、化け物に体を喰われるんだと、怯えていて可哀想だった」
俺の知っている『悪夢』と、ミオの父親が語る内容は一緒だった。
衰弱したミオは食事も食べられなくなって、入院までしたらしい。
「そこで出てきたのがタクトという登場人物だ。青い瞳をした男の人で、ミオを助けてくれたらしい。ミオは彼のことを嬉しそうに話すんだ」
そう言って、ミオの父親が出してきたのはたくさんの絵だった。
そこには青い瞳をした男の絵や、黄色い服をきた王子や王女。赤い服の女王様と、紫の王様が描かれていた。
「タクトと一緒に、ミオは『悪夢』から脱出したらしい。現実の世界で会う約束をしたのだと、毎日学校から帰ると玄関で待っていた。ミオが待っているのは……君じゃないのか?」
「……娘さんの話を信じてるんですか」
問えばミオの父親は、難しい顔になる。
「正直なところ、あまり信じてはいなかった。けど君が私の家を訪れて、もしかしたらと思ったんだよ。佐伯卓人君」
フルネームで名前を呼ばれて、思わず目を丸くする。
その様子を見て、ミオの父親は少し笑った。
ミオの父親は俺の父が経営する会社の、お得意先の社長だった。
俺のこともそのツテで知っていたようだ。
「……頼む、ミオに会ってやってくれないか。あの子はとても強い子だからと、私は放置しすぎたんだ。母親が死んで辛いのはミオも同じなのに、私は仕事に逃げて、面影があるミオを遠ざけた。そのせいで悪夢を見るようになって、それ以来ずっと苦しんでいる。君だけが頼りなんだ」
そう言って、ミオの父親はソファーから降りて、頭を下げてくる。
慌てて止めたけれど、やめてはくれなくて。
俺はミオと会うことになった。




