表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

【11】悪夢に魅入られた者

 また影犬のような仕掛けの部屋だったらどうしようと思っていたら、次の部屋は普通の部屋だった。

 落ち着いた内装で、何度か訪れたことのある部屋。


 部屋に足を踏み入れた瞬間、支えてくれていたミオの体が消える。

 バランスを崩し、倒れこんだ俺の上に影が落ちた。

「いらっしゃいタクト。こっちへ座ってよ。治療してあげる」

 黄色の王子が床にはいつくばった俺を見下ろし、そんな事を言ってきた。


「俺を殺さなくていいのか?」

「別に僕の目的は、君を殺すことじゃない。そもそも殺したところで、次の日になれば君達はこの城にやってくるんだから」

 尋ねれば黄色の王子がもっともな事を言ってくる。


 コンティニューが永遠にできる、昔のゲームみたいだとそんなことを思った。

 同じダンジョンの繰り返しで、終わりは自分で決めるしかないやつ。

 でもこの『悪夢』は、どんなに飽きようとゲームをやっている本人が終わりを決めることはできない。

 まるでクソゲーだ。


 ちなみにしばらくは、俺は黄色の王子の部屋、ミオは黄色の王女の部屋からスタートらしい。

 紫の王が殺されたら最初の部屋からスタートなどと言っていたのは、俺たちを煽るための言葉だったようだ。



 黄色の王子は俺を治療して、いつものようにお茶を振舞う。

「ミオは?」

「姉さんの部屋だ。ゲームをしかけられてる。姉さんは意地悪だからね。永遠に勝てない勝負が続いて、ミオは壊れるまで姉さんの部屋から出られない」

 尋ねればのんびりとした口調で王子はそう言った。


「ッ! そんなの卑怯じゃないのか!」

「卑怯で何が悪いの? 姉さんが面白ければそれでいいんだよ」

 憤って机を叩く俺を見て、軽く王子は肩をすくめた。


「まぁでも、それじゃボクもつまらないんだ。ミオはなかなか落ちてくれなさそうだからね。それよりも早く次のペアを迎えて、新しい遊びを始めたい。だから、取引しないか?」

「取引?」

 繰り返して眉をひそめれば、そうだと王子は頷く。


「君が残って僕たちと同じになるなら、ミオを姉さんから助けて『悪夢』から解放してあげる。どうかな?」

 探るような目を王子は俺に向けてくる。


「……同じってどういう事だ」

「ここの住人になるってことだよ。君の場合は、紫の王に魅入られてきたから、ここで新たな紫の王になる」

 俺の質問に対して王子は答えたけれど、その意味がよく飲み込めず眉をひそめる。


「紫の王は、君と入れ替わって悪夢から抜け出すためにここに導いたんだよ。王の仮面を被ってる、空虚な人間。正しい道を歩むことに縛られて、自分の闇が認められない者を紫の王は好むんだ。今の紫の王も、元々は君と同じ人間だった」

 その言葉に目を見開けば、黄色の王子はその手のひらを上に向ける。

 そこに闇が集まって王冠を形作った。


「王冠を受け取れば、ミオを助けてあげる。けど代わりに君は『悪夢』の住人となる。けど永遠に出れないわけじゃない。君みたいな子を外から呼んで、落として入れ替わればまた外に出られる」

 悪夢のカラクリを語る王子は、楽しそうにニヤニヤしている。

「なんて悪趣味な」

 もはや口癖になった言葉。

 黄色の王子は、褒め言葉だというように目を細めた。


「それで、どうする? ミオが壊れるまで悩む? あの子はなかなか壊れてくれないから、苦しみが長引くだけだと思うよ?」

「本当に……ミオを助けてくれるんだな」

 急かす様な王子にそういえば、そうこなくっちゃと王子は笑う。


「約束する。嘘はつかないよ」

「本当だろうな」

「もちろんだよ。それに紫の王になってしまえば、ミオがこの『悪夢』から脱出したかどうかくらいは、自分でわかるようになる」


 悩んでから、王冠を受け取る。

 あまり重みはない。

 けど触れてる場所から、得体の知れない力のようなものが俺に流れ込んできてるような気がした。

 覚悟を決めてそれをゆっくりと被る。

 瞬間俺の中になだれ込んできたのは、人の黒い感情の波だった。


「あ、アァァァァ!」

 目の前が黒く染まる。

 憎しみとかそういう感情がごっちゃになって、俺の脳内をかき回す。

 何でもいいから壊したくて、苦しくて、喘ぐ。


 頭の中を過ぎるのは、おそらく紫の王の記憶。

 王であれと言われて生きて、それ以外を否定されて。

 自分の中の空白に怯えて。

 ようやく王でない自分を受け入れてくれる人に出会えたと思ったら、裏切られてしまった、可哀想な王の記憶だった。


 飲み込まれる。

 そう思ったとき、頭を過ぎったのはミオだった。

 自分はこうはならない。

 ひとりは理解してくれる人がいる。

 そう思った瞬間に、胸の中で暴れていた何かがすとんと落ちる。

 それはまだ苦しく体の中にあったけれど。


「終わった、のか? 俺はもう……」

「はぁやっぱり駄目だったか。闇に飲み込まれればいいのに、逆にあっさり飲み込むなんて本当つまんない」

 我に返って息をついた俺に、そう黄色の王子は吐き捨てる。


「ミオも君もいらないよ。壊れない玩具に興味はないんだ」

 いつも穏やかで品のいい王子が、苛立たしそうに顔をしかめて、小指の爪を噛む。

 それはいつも黄色の王女がやる動作だった。


「……お前王子じゃなくて、王女の方か」

 ぽつりと呟けば、目の前にいる金髪の子供は驚いたように目を見開いた。

 どうやら図星のようだ。


「ちっ」

「王女ともあろうものが舌打ちなんてどうかと思うけど」

 思わずといったようすで舌を打ち鳴らす黄色の王女にそう言えば、王子のふりはやめたらしく尊大な態度で椅子に座りなおした。


「最後にあの子がミオとゲームしたいっていうから変わってあげたんだけど、とんだ貧乏クジだわ」

 首に巻いたタイを片手でワイルドに外しながら、王女は呟く。

 何かしかけてくるかと身構えたがそんなつもりはないらしく、すっと部屋の向こう側にあるドアを指差した。


「行くといいわ」

「……いいのか?」

 意外すぎてつい尋ねれば、王女は肩こったというような動作をする。

 あまり王女らしからぬ動作で、まるで仕事に疲れたOLのようだと思う。


「あたしたちにはそれぞれ役割があるのよ。紫の王はあんたたちを互いに裏切らせる役割を持っていたけど、できなかった。黄色の王子は絶望に付け入る役割。でもあいつは、王子でなくて王女である私の役割を借りた時点で負けてるの。絶望に付け込むことができないから、王女になってゲームを仕掛けに行ったようなものだしね」

 後ろで一つにまとめられている髪をぐしゃぐしゃと解き、彼女は俺に近づいてきた。


「あんたが紫の王に連れてこられたように、黄色の王子もミオを選んだのよ。彼が好むのは、いい子の仮面を被っている子。わがままを言えない寂しがり屋な子を選んでは、甘い夢で誘うの」

「……あいつもミオと入れ替わろうとしてたってことか」

 俺の答えを聞いて、正解だというように彼女はにいっと笑い、彼女は立ち上がる。



「なんでこんな事をする必要があるんだ。そもそもこの『悪夢』は何なんだ」

「さぁ? それはわからないわ。わからないからこそ『悪夢』なんでしょうよ」

 問いかけに対して、押し問答のように彼女はそんな事を言った。


「さっさと『悪夢』から出ていくといいわ。あんたたちが出て行かないと、次のペアを迎えられないから、つまらないの」

「自分達が外に出るために、こんな事を繰り返すつもりなのか?」

 ドアを開けて、背中を押してくる彼女を振り向いて問いかければ、鼻で笑われた。


「なんでわざわざここから外に出なきゃいけないのよ。ここにいれば、好きなだけ人をいたぶることができるのに。外に出たがってるのは紫の王と黄色の王子だけよ。赤の女王はよくわかんないけどね」

 元々彼女は人を虐げることが大好きで。

 現実世界ではいい人の仮面を被って、そんな黒い自分を押し隠してきたらしい。

 今の自分に満足しているのだと彼女は口にした。


「そもそも今出たところで私の体に戻れるかもわからないし。戻ったところで、指名手配じゃ、つまらないでしょう?」

「……いったいあんたは何をしてここにきたんだ」

 幼い容貌に色気を滲ませながら、彼女は小首を傾げる。

 思わず尋ねれば、その瞳が輝いた。


「聞きたいの? いいわよ教えてあげる! どこから話そうかなぁ。一番可愛く泣いてくれた、私立病院の看護婦さんからにしようかな。あっでも、正義感の強い警察の青年をゆっくり追い詰めて、ずたずたにした話が一番興奮するかな?」

「いやいい。止めておく」

 嬉々として語りだそうとしたので、きっぱりと遠慮する。

 彼女は残念そうな顔をしたけれど、どう考えてもロクな話しじゃない。

 どうやら、現実世界では連続殺人鬼か何かだったようだ。


「ノリ悪いわね。あんたって、本当可愛くない。泣き叫んで許しを請うくらいの可愛げがあっていいと思うのに。次の子に期待することにするわ」

 じゃあねとばかりに追い出されるように背中を押されて、次の部屋へと足を踏み入れる。

 その部屋の白さに思わず目を瞑っていたら、俺の背後でパタンとドアが閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ランドセルなわたしに前世の騎士が付きまとってきます」真面目騎士×しっかりもの小学生。ほのぼのです。
「育ててくれたオネェな彼に恋をしています」オネェ男子×健気幼女もどうぞ。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ