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【10】何度目かの正直

「そろそろ行こうか」

 首を絞めかけた次の日のミオは、そう言って俺の手を握ってきた。

 そのまま俺の手を引いて、影犬のいる部屋のドアを開けようとする。


 ……ミオだ。本物の、ミオだ。

 それがわかって顔が緩みそうになるけれど、それを堪えた。

 おそらくは本物のミオも、俺と全く同じ状況を、偽者の俺と繰り返している。

 それでいて、向こうの俺はミオを担いだりなんてせず、手を引いて影犬が牙を剥くあの中を進んでいるんだろう。


「いつものように、担ぐね」

 そう言えばミオは驚いた顔をしたけれど、構わずに肩に担ぐ。


「あのドアの向こうに、仮面猫がいるからサーベルを取ってきて」

 小さな声で囁いて、それから影犬たちが待つ場所を走る。

 倒れた俺を振り向く事なく、ミオは走って。

 それから『安眠薬』を手にした。


 ――本物じゃなかったのか!?

 驚いて目を見開いたけど、ミオはそれを飲みはしなかった。

 影犬に喰われている俺の方に、走ってこようとしている。


「ミオ俺はまだ大丈夫だから、武器を!」

 言えばミオはびくりと立ち止まった。

「でも、タクトは影犬が!」

「いいからっ!」

 搾り出すようにして言えば、ミオは決意してくれたみたいで、仮面猫のいるドアへと入っていった。


 齧られながらも抵抗する。

 ミオはちゃんと戻ってくるとわかっていたから。

 やっぱり犬は怖くて体は竦んだけれど、自分を奮い立たせる。

 

 大丈夫。ミオはくる。

 信じて耐えるんだ。

 

 もう少し、もう少し。

 抗わずに喰われたほうが、苦しみは長続きしない。

 けど振り払ってできるだけ前に進む。


「タクトっ!」

 ミオがサーベルを持って、絨毯の所へ駆け込んできた。

 それから影犬を蹴散らすようにサーベルを振る。

 

「ミオ、それをっ!」

 ミオの手からサーベルをひったくるように受け取る。

 もう片方の手でミオを抱きながら、強引にどうにか絨毯の外へと抜け出した。

 

「はぁ、はぁ……」

 息が乱れて苦しい。

 腹の一部は無くなっていたし、右の目ごと頭部は欠けていた。

 質量的には軽くなったはずなのに、どうにも体はだるい。

 それでも俺は意識を保って、『悪夢』の中で生きていて。

 崩れるように床に座り込んだ。


 心臓を一突きしたり、首を撥ねたりすれば、『悪夢』で死んだことになって現実で目が覚めるのに、それ以外だと俺たちの体は意外としぶとい。

 じわじわと俺たちをいたぶるための仕様なんだろうけれど、今はそれがありがたかった。


「タクト、タクトっ!」

「大丈夫だから。少し休めば回復する」

 涙目ですがってくるミオの頭を撫でて、微笑む。

 こうやってミオに触れることで、渇いていた心が満たされていく。

 久々に笑ったな、なんて思った。


 

「あぁ、クリアしてしまったんだね」

 そんな声がして、一瞬で周りの景色が変わる。

 夜空を散りばめたような壁紙の部屋。

 そこには紫の王が立っていた。


「私の仕掛けは楽しんでもらえたかな。ミオはともかく、タクトはもう少しだと思ったんだけどね。惜しかったなぁ」

「……」

 黙り込んだ俺に、くっくっと紫の王は笑う。

 それもまた愉快だというように。


 俺の思ったとおり、ミオも俺の偽者と一緒に、影犬の部屋を何度も訪れていたらしい。

 偽者の俺がやっていたことも、偽者のミオと全く変わらなかった。

 ミオを影犬のおとりにして、自分だけ助かって安眠薬を飲む。それの繰り返し。


 けどミオは、俺が影犬を嫌いなことを知っていたし、無事ならそれでいいと思っていたようで。

 後半になると自分から、進んで影犬のおとりをやっていたのだと、紫の王が俺に告げた。


「俺のために自分を犠牲にするなって、前に言ったよね」

「でも、タクトは犬が苦手で」

「それでもだ」

「ごめんなさい……」

 叱るように言えば、しゅんとしてミオが謝ってくる。

 たとえ約束してたって、本物のミオなら自分より俺を選ぶ。

 それがミオなのだと、わかっていて口にした。


 俺のために、ミオ自身を犠牲にしてほしくない。

 けど同時に、俺のためにそこまでしてくれるという事をわかっていて期待してる自分がいて。

 矛盾していると自分でも思う。


「……けど、ミオが俺を庇ってくれたことは嬉しかった。俺のためにありがとうな」

「っ! タクトぉ!」

 ぎゅっと抱きしめて頭を撫でれば、涙声でミオが額を擦り付けてくる。

 赤子をあやすようによしよしとやれば、それを眺めていた紫の王は少し呆れた様子だった。


「君達は本当に仲がいい。それを壊して、絶望に染めてあげたかったんだけどね。まぁしかたないさ」

 パチンと紫の王が指を弾くと、ドアが現れる。


「この先に進むといい。次の住人が待ってる」

 じゃあねと言って、王の姿は掻き消えた。

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