【1】繰り返す悪夢
強い幼女×メンタル激弱お兄さんの悪夢の中での冒険の話。ほのぼのに見えて、ダークかつ、残酷な描写もあります。あと、ロリコンです。苦手な方はご注意ください。
「ねぇ、タクトはロリコンなの?」
きっかけは、ミオの一言だった。
「ど、どこで覚えてきたの! そんな言葉」
「友達が、タクトがミオのこと好きならロリコンだって」
「違うから。俺はロリコンじゃないから!」
「そうなんだ……」
慌てて否定すれば、ミオはなぜか落ち込んだようにみえた。
聞かれたときは、とっさにロリコンじゃないなんて答えたけれど。
いま俺の膝の上は、すやすやと体を預けて眠るミオがいて、その様子を可愛いと思っている俺がいる。
おねだりされて本を読んでいたのだが、五分ほど眠気と戦って、ミオは寝てしまった。
あどけない幼い顔を眺めれば、守ってあげたいという気持ちになる。
「ん、タクト……」
小さな唇から、俺の名前が漏れた。
安心しきった顔で寝ている彼女に、愛おしい気持ちがこみあげてきて。
無性に抱きしめたくなった。
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ミオと初めて出会ったのは、悪夢の中だった。
いつも俺は同じ夢を見ていた。
変な城に閉じ込められて、化け物に追いかけられて殺される夢。
そこには、執事服の人間の体に、顔のないウサギの頭部がついたような化け物が何匹も存在していた。
見つかって捕まれば、真っ赤なドレスの女王の元へ連れていかれ、首をはねられる。
顔なしウサギは廊下にはいるけど、部屋には入ってこない。
隠れてしばらくすればやり過せる。
そうやってどうにか奴らを避けることに成功しても、その隠れた先に黄色い王女がいたなら遊びの相手をさせられる。
黄色い王女の命令は、赤の女王の宝石を奪ってこいだとか、体を切り刻んでどこまで耐えられるかとか。
またある時は、魔法のような力で手のひらサイズされた上、俺が大嫌いな犬をけしかけてきた事もあった。
残酷にこちらをいたぶる王女に捕まれば、その日は苦痛と共に『悪夢』から覚める。
夢の中だから、怪我をしても痛みはない。
けど、心がえぐられるような苦しさと恐怖がある。
例えば影のような犬に捕まれば、四肢を食いちぎられて。
自分の体から離れた手足が、そこで食われていく様子を何もできずに見てるしかない。
気が狂うような光景は、確実に心を蝕む。
どうにか化物共から逃げ切れても、そのダメージは心に残る。
考えや心にノイズが混じり、狂気的な破壊願望や虚無感が俺を襲ってくるのだ。
気づけば、自分の体を食んだり、爪をむしったり。
心の中に、ぽっかりと空いた穴が全てを飲み込むようで、どうしようもなくなる。
酷く喉が渇き、飢えたような苦しさに何もかもどうでもよくなって、気づいたら現実で朝を迎えているのだ。
多分記憶は無いが、こういう場合は悪夢のなかで、自分で自分を殺してしまっているんだろう。
しかし、怖いからといって化物から隠れ、安全な場所で震えているだけでは、『悪夢』はずっと終わらない。
恐怖から解放されたくて、化け物から逃げる。
なのに、化け物に殺されることが恐怖から逃げ出す――『悪夢』から覚める一番手っ取り早い手段だった。
大抵、汗びっしょりで胸を押さえながら、現実に戻る。
苦しくて辛くて、こんな夢から解放されたくて。
でも、眠ればいつだって、悪夢の中に俺はいる。
城の中で化物に殺されるまで、ひたすら逃げる『悪夢』の繰り返し。
怖くて眠るのが嫌で。
でも人の体は、休息をとるために眠らずにはいられない。
けど俺にとって眠りは安らぎではなくて、自分自身を苛む毒のようなものだった。
俺は、どこかおかしくなってしまったんじゃないか。
そう思って精神科に行ったら、睡眠薬と精神安定剤を渡された。
眠りたくなくて助けを求めたのに、眠れと医者は言ってくる。
しかたないとはわかっていても、誰も助けてくれないんだと絶望した。
心が軋んで、狂いそうになって。
自分が壊れてしまうと感じていた時、『悪夢』の中で俺はミオに出会った。
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いつものように、顔なしウサギから逃げて入った部屋は、人形がたくさん置かれている部屋だった。
人間の子供と同じサイズの人形達。
彼らは俺にまとわりついてきて首をしめたり、体を縄で縛った上で、ハサミで刺してきたりして。
初めて入った日は、すぐに死んだ。
夢の中でスタートする位置は、前に死んだ場所の近くである確率が一番高い。
そうでない日もあるけれど、この日はそうだった。
顔なしウサギから逃げて、人形部屋に入って。
今度は襲ってくるとわかっているから、どうにか応戦しているうちに、一体だけ違う動きをしている人形を見つけた。
綺麗な翡翠色の瞳をした人形。
子供っぽいツインテールには、白いリボン。
この人形は、包丁で俺を刺そうとしている他の人形にしがみついて、必死に止めてくれていた。
それに気づいて目をやれば、視線があった瞬間に口元のカラクリ部分が、ぱくぱくと開く。
『逃げて』
声は聞こえない。
繊細な動きを、上下の開閉しかできない口ができるわけでもない。
なのに、そう言っていると感じた。
彼女は次の瞬間、他の人形に顔部分を破壊されたけれど、それでもしがみついてその人形が俺に刃物を振りかざそうとするのを必死で食い止めてくれた。
彼女の助けを借りてその場は逃げた。
いつもなら、危険だと思った部屋には印をつけて二度と入らない。
けど、やっぱりさっきの彼女が気になってしかたなかった。
他の部屋で鉄の棒を手に入れて後、人形部屋に再び入り、他の人形を破壊しながら、彼女だけを肩に担いで部屋を出る。
途中顔なしウサギが追ってきたけれど、応戦はせず全速力で走って逃げた。
顔なしウサギには、どんな武器も効かないのだ。
ただ、顔なしウサギは絶対に廊下を走らない。
早歩きには速度の限りがあって、それでいて部屋には入ってこないから逃げることだけは可能だった。
葉っぱのマークが付いた部屋の扉を開ける。
四方を壁に囲まれた、教室くらいの小さな空間。
そこには緑が溢れ、花々が咲いている。
上を見上げれば吹き抜けで、昼だったので青々とした空が見えた。
真ん中には小さな泉がこんこんと湧き出ていて、澄んだ水面がキラキラと光を浴びて輝く。
この部屋はオアシスのような場所だった。
城の中で唯一空気が澄んでいるし、化け物達も入ってこない。
どんなにダメージを負ったり、魔法をかけられたりしても、ここに逃げ込んで泉の水を飲めば治った。
女の子の人形をそっと泉の中へ下ろせば、水の触れた部分から陶器のように固くなった肌が、人間の柔らかいものへと変わっていく。
球体だった関節部分が、つややかで少し赤い子供の膝小僧になって。
唇から下に二つ線を引いた腹話術人形みたいな口が、ふっくらとしてぷにっとした柔らかそうなものに変わった。
「……助けてくれてありがとう」
女の子は礼を言ってきた。
最初に助けようとしてくれたのは、彼女の方なのに。
綺麗な澄んだ緑の瞳に見つめられて、抱きつかれて。
――それが、ミオと俺の出会いだった。
☆2016/8/11 微修正しました。内容の変更はありません。




