七日間の命
【一日目・誕生と変化】
俺たちは、あと七日しか生きられない。
どうせ七日しか生きられないのだ。一生懸命になったとして、何が残ると言うのだろう。本当に、どうでもいい。
隣で懸命に声をあげている友人を眺めながらそんなことを考えていると、いきなり声をあげるのをやめこちらを向いた。
「おまえ・・・まぁーた『どうでもいい』とか考えてただろ」
「べっつにー・・・」
ふいっと横を向くと、腰を蹴られる。
「いってぇなぁ・・・だってそうじゃねーかよ。俺らあと七日しか生きられないんだぜ?」
まだここに来たばっかりだってのに。
そう零すと、また蹴られる。さっきより強く。
「いって!」
「だから前にも言っただろ!『七日しか生きられない』からこそ!一生懸命やるんだよ」
うるせーよ。腰いてーよ。
爽やかな顔で熱く語る友人を冷めた目で見つめる。
「それに、七日間生きれるかどうかだって・・・わかんねえだろ」
声のトーンを落として、どこか遠くを睨むようにする友人の肩を軽く叩く。
「おい、だいじょーぶか」
「ああ、悪い。・・・ほらお前も!声出せー」
すぐにからからと笑いだした友人にほっとして、俺もつられる様に声をあげてみた。声をあげたのは、ここに来て初めてのことだった。それが想いの外気持ちよくて、楽しくて。隣で俺なんか勝負にもならないくらいの大声をあげる、ちょっとうざいくらいに熱血な友人の言葉を、少し信じる気になった。
【二日目・友情】
今日も俺たちは、声をあげる。俺は休憩しながら、友人はほとんど休みもせず、声をあげ続ける。
流石に友人の体が心配になって、声をかけようとしたそのとき
「おい・・・」
『おー!ここいいじゃん!』
『ほんとだー!いっぱい聞こえるね、おにいちゃん』
“アイツ等”の声が聞こえた。
「おい!」
まだ気付いていない友人を必死に黙らせようとする。
「ん?どうした?」
ようやく声をあげるのをやめ、こちらを向いた。その顔がどこか嬉しそうなのがまた俺をイラつかせる。
「“アイツ等”が来たんだよ!」
「うわっ、マジかよ」
一気に顔をしかめる友人に思わずため息を吐いた。そのままふたりでじっと息を潜め、“アイツ等”が通り過ぎるのを待つ。
通り過ぎたあと、友人が肩を落としながら言う。
「なんだよ~・・・せっかくお前が話しかけてくれたと思ったのに」
「はぁ?何言ってんだお前」
「だってさー、お前っていっつもどうでもいいって顔して、自分から何かしようとしねーだろ?」
かなり不本意だが本当のことなのでとりあえず頷く。
「そのお前が自分から話かけてくれたってことは、少なくとも俺のことはどうでもいいと思ってないのかと思って嬉しかったんだよ」
・・・なんだろうか。こいつはなぜこんなに俺に構うのか。特にこいつに何かをしてやった記憶もないのに。
「・・・お前、何でそんなに俺に構うんだよ」
「そりゃ俺はさ、お前のこと友達だと思ってるから。最初からな」
爽やかな笑顔で、友人は言った。
そんな爽やかな笑顔で言われたら、俺だって・・・意地張ってる場合じゃないって、思ってしまう。
「・・・俺だって、友達だと思ってる」
最初から。
流石に恥ずかしくて、最後の言葉は思わず飲み込んでしまったけど。確かに伝えた。そしてその言葉は、確かに友人に伝わったらしい。
友人は一際大きく声をあげた。
【三日目・別れ】
今日は朝早くから、“アイツ等”が来ている。“アイツ等”はいつも同じような道具を持ってやってくる。長い柄のついたあの道具。それが俺の恐怖を煽る。
俺の数少ない友人と呼べる存在だった彼を奪っていったのも“アイツ等”。
「くそっ、今日も来たのかよ」
いつもは穏やかな友人も険しい顔をしている。
昨日も来ていた“アイツ等”がまた来ている。しかも
「なーんで今日はずっとここにいるんだよー・・・」
ずっと俺たちの近くをうろうろしている。
「あー・・・暇だ」
「ほんとになぁ・・」
声をあげると見つかる可能性が高いからできないのだ。だからこうして黙っているにも関わらす、ずっと近くをうろうろしている。
むかつくなぁ・・・。
恨みがましく空を見ていると、友人が焦った声をあげる。
「お、おい!“アイツ等”・・・こっち見てんぞ」
「は!?やばくね!?」
「やべーよ!」
ゆっくりと、でも確実に近づいてくる“アイツ等”に俺は身を固くすることしかできない。
ただ呆然と固まる俺を見て、友人は唐突にしゃべりだす。
「俺さ、こう見えて友達少ないんだよ」
「はぁ?いきなり何の話だよ」
「まあとりあえず聞けって」
正直納得できなかったけど、友人がそう言って止めるので、とりあえず聞くことにした。
「最初はみんな俺のこと『かっこいい』っつって寄って来るんだけど、俺が声あげてばっかだったりいつもみたいに語ったりすると、みんな離れてった。『なんか、イメージと違う』って言われて。意味わ
かんねーよってやさぐれてたときに、お前と先輩に会ったんだ」
友人は、彼のことを先輩と呼ぶ。初めてここに来て、声のあげ方すら知らなかった俺たちに、彼はすべてを教えてくれた。俺たちにとって、大きな大きなかけがえの無い存在だった。
「先輩はそのままの俺を『かっこいい』って言ってくれた」
先輩が友人に言った言葉が蘇る。
『お前は何やってもかっこいいぜ?それがわかんねーやつらなんか気にすんな。そんで、お前にそんなこと言ったやつらをびっくりさせるくらい、いい男になれ』
「お前はさ、いっつもめんどくさそうにしてるくせに、俺の話はいっつも最後まで聞いてくれるだろ。そんで最後に必ず笑うんだ。お前気付いてないかもしんねーけど、いっつも優しく笑うんだよ!お前は!・・・俺がそれにどんだけ救われてきたか、分かるか?」
自分の方がよっぽど優しく笑うくせに、何言ってんだこいつは。
「いつかこの恩は返さなきゃって思ってた。そのいつかが、今だよ」
そう言って友人は、わざと“アイツ等”の道具に向かって飛んでいった。
やめろ!だめだ!やめてくれ!・・・やめてくれぇ!!
そんな心とは裏腹に、俺の体は動いてくれない。かろうじて動かした目に映ったのは。
道具に吸い込まれていくように入って行く友人の背中と、爽やかなあの笑顔だった。
“アイツ等”が居なくなってからやっと、俺の体は動き出した。
「なんでだよ・・・なんでだよ!これじゃあ!先輩と同じじゃねーか!」
俺たちを庇って連れて行かれた先輩。
俺を庇って連れて行かれた友人。
ふたりが最後に見せた笑顔がいやに重なって。頭の中を駆け巡る。
「お前も・・・俺を置いてくのかよぉ!!」
今までに出したことないような音量で、俺は声をあげて、啼いた。
【四日目、五日目・無】
【六日目・出会い】
友人が“アイツ等”に連れてかれて、力尽きるまで啼いた後二日間、俺は何もしなかった。何も食べず、声もあげず、動きもしなかった。これからもそうするつもりだった。そのまま命が尽きるのを待つつもりだった。
でも、俺は出会ってしまった。俺を必要とするやつに。
そいつは朝早くここに来たと思ったら、不安そうにあたりを見回していた。そして、動き回る周りのやつらを見て、真似しようとしては失敗して、を繰り返していた。
気がついたら、声をかけていた。
「なあ、俺が教えてやろーか?」
そいつは、嬉しそうに頷いた。
俺はもう動くことができないから、言葉だけで全てを伝えた。動き方、“アイツ等”の恐ろしさと対策。俺が彼に教わった全てを、そいつに伝えた。
久しぶりに、満ち足りていた。
【七日目・終焉】
ああ、俺は今日、死ぬだろうな。
直感でそう感じた。そして多分この直感は、当たる。ならば俺は、そいつに伝えなければならない。俺が友人から受け継いだ、声のあげ方を。
「そこで、黙って聞いておけよ」
そいつに声をかけ、大きく息を吸い込む。久々過ぎて緊張する。止まらない手の震えを持て余しながら、俺は声をあげる。
最初は小さく。だんだん大きくなっていく。
その声が、我ながら友人にそっくりで。俺は最後の力をふり絞って声をあげた。あげ続けた。どれくらいそうしていただろうか。とうとう俺は。
力尽きた。
ああ、友人の言ったとおりだ。『七日しか』生きられないからこそ、頑張れた。『七日しか』ないからこそ、最後だけでも一生懸命になれた。
地面に倒れこみながら、薄れゆく意識の中で、俺はそう思った。
俺とふたりの友達の、奇跡のような七日間。
俺たちセミの七日間は、来年も再来年も、これからもずっと。こうして続いていくのだろう。
短編小説の練習もかねて、ふっと思いついて書きました。
最後、わかりにくいかもしれませんが、彼らはセミです。昆虫のセミです。
うまくばれないで書けたかどうかドキドキです。
ちなみに今午前2時ですが、今さっき書き終わったところなので、頭が回っていなかったと思います(笑
変な表現などありましたら、どんどんご指摘お願いします!
読んでいただいた方、ありがとうございました!!