キャストオフ
俺は耳がいい。
だから、俺のその一応、彼女になるのか、浅田香美さんが
何をしたいかはわかっている。
別に詮索などしてはいないし、そんな事をするつもりはなかったのだが、
癖というものはなかなか抜けないもので、彼女の独り言、
これは彼女がたくさん独り言を言うのも悪いのだが、
聞いてしまった。
夜になってソファに寝ていると隣の部屋でふふふと笑いながら、
彼女の壮大な計画が聞こえてくる。
彼女が何者でどういう人かはわからない。
しかし何がしたいのかは分かった。
―――世界征服だ―――
俺のこの行動が何になるのかは解らない。
しかし、できるなら協力してやりたい。
本当に世界征服してしまうのかどうかは知らないが、
妹の命の恩人のために何かしたいというのが正直なところだ。
たとえ役に立たなくとも精一杯やりたい。
それが人情ってやつだ。
それに、それは男の夢ってもんじゃないか。
俺はこういうのに弱い、夢とか野望とか縁がなかったから。
だってかっこいいじゃないか。
「私ね、初めて商店街にきたよ。」
いきなり話しかけられたのであたふたしていると、
紙とペンを渡された。
「いや、ウサギさんは着ぐるみだから話せないんだと思って。」
「「ありがとう。」」
さっそく書いてみた。
喜んでもらえたようで、くるくると周りをまわりながら、
「好きな食べ物は何? 」
と聞いてきた。
好きなものなどない。
みんなはこういう質問が来たら、なんて返すのだろうか。
だがこんな話題、振られたことがないので困る。
「むむ、こういう質問は困るかな、じゃあ天気の話しない? 」
天使か!
表情など解らないはずなのに、優しく気遣ってくれる。
少し泣けてきた。
あと、この着ぐるみってのはなかなかいい。
相手が俺の目を見るようなことはないし、何より音がぼやけて聞こえるので、
テレビみたいに話しかけられているという実感が薄い。
そしてもとからよく聞こえる耳を持っているので聞き逃す心配もない。
こんないいものがあるのなら、日頃からつけていればよかった。
結構本気でそう思う。
「私は今日みたいな曇りの日が好きだなー。」
ちらっちらっとこちらを見てくる。
「「雨が好き」」
と書き込んで見せる。
「なんで? 」
しまった、相手に疑問を抱かせてしまった。
俺が問いかけて話させるというのがいいのに。
だが答えなくてはならないだろう。
難しいミッションだが生きて帰ってくるぜ。
「「みんな外に出たがらないから。」」
「んー、ん? 」
なんか、完全に墓穴を掘った気がする。
まぶしい、その興味の塊のような瞳がまぶしい。
二時間たって、土曜日の十一時半、質問攻めにあった後、
何とか俺は立っていた。
お腹へった。という言ってきたので
手ごろな軽食店によったところ、
こ、これがハンバーガ-かぁと、いきなり大声を出された。
顔を真っ赤にして、そのウサギ貸してと言われたが断った。
すれ違うカップルから、何あのウサギと言われる。
今度は彼女にも聞こえたらしい。
実は、道行く子供ずれからウサギさんだー、見ちゃだめよってやり取りが、
かなりあったが、小声だったので気付けるのは俺ぐらいだろう。
いや、ウサギの格好をしている時点で、こうなることは分かっていた。
だがテンパっていたのだ。
それにしても彼女は大丈夫なんだろうか。
面白いと言ったら失礼かも知れないが、トマトみたいに真っ赤になっている。
「うぅ、ねぇそれって取れないの? 」
潤んだ目でお願いされる。
ドキッとした。
上気したように見える頬、背が小さいので自然と上目使いにもなっている。
途中から純粋に楽しくなってしまって忘れていたが、
彼女と仲良くなるのが目的だった。
友達が困っていたら助ける。
これは基本だ。
俺も仲良くはなりたい、ずっと友達はほしかった。
妹に手伝ってもらって友達を紹介してもらったことはあるが、
まったく、長続きはしなかった。
最高友達時間、二日。
律儀にも二日目にはもう無理だわ、と言われ友達はいなくなった。
本当に律儀な友達だった。
その日の帰りおにいちゃんには私がいるからと陽子に慰められた。
今度はあのようになりたくない。
喋ったらまた血を見ることになるだろうがやってやる。
どんとこいだ。
俺はウサギの着ぐるみの頭の部分をとった。
「え、お、男の人だったの? 」
なぜか、さっきよりも顔が真っ赤になった。