その8
少年ザムゾンの名乗りを受け、男性も口を開いた。
「私はアナトール。『唄う鳥』のアナトールだ」
彼が名乗った役職を聞いて、ザムゾンは改めて驚いた。
この神殿は一般に『嘆く竜』と呼ばれるドラゴンと『唄う鳥』と呼ばれるドラゴンと契約した人を祭っている。
神の声を司る神官職などと一緒で、その名前の役職があり、現在も人がその職についているという事は知っていたが、それは形だけのことだと思っていた。
少なくともザムゾンや、その周囲にいる人たちはそう思って暮らしている。
伝説の中にも、その名称は残っている。
強大な力を持つ、人間の術者。
だが、まさか本当に伝説そのままに存在しているとは思わなかった。
ドラゴンという伝説の生き物を目の当たりにしていながら、その事には頭が回らなかった。
「…貴方が『唄う鳥』?この神殿の中心なのですか?」
ザムゾンが問うと、アナトールは肩に止まったドラゴンをチラリと見た。
「中心…まぁ、中心の補佐という感じだな」
アナトールの言葉を受け、ドラゴンが言葉を繋ぐ。高らかに宣言するように、威厳を込めて彼女は言った。
「そうよ。ここでの中心は私よ」
「彼女が『嘆く竜』キルシュ…この神殿の中心だ」
国家の中心人物と会っている。その事を自覚してザムゾンは今更ながらに緊張しはじめた。
平民の彼からすると、アナトールもキルシュも皇帝や皇族、高位の貴族と目通りするのと同じく普通では考えられない接近だ。
庶民であれば、祭事に大通りに開かれた神殿から一般人へ向けた話をする時に姿を拝見するか、馬や馬車で移動する姿を一瞬見るくらいしか機会がない。
位の違う相手に対しての礼儀を宿屋で暮らすザムゾンは思い出した。
考えられないほど高い位の人に対してではないが、高位の者が宿泊した時、経験した。
身長差があるから、お互いが立っていてもアナトールがザムゾンを見下ろす形にはなっているが、許しもなく立って対面している事事態が失礼にあたる。
ザムゾンは慌ててひざまずいた。
「どうしたんだ。ザムゾン」
ザムゾンのいきなりの行動にアナトールは驚いた声を上げた。
アナトールの戸惑った声はザムゾンには届かず、彼は床に手をつき頭を下げた。
「大変申し訳ありません。いまさらではありますが、失礼な態度だと気がつきました。このような身分の高い方に対して、立ったまましゃべるなど…恐れ多いことを。お許しください」
拙い敬語だが、言わないよりもましだ。頭を床につけながらザムゾンは必死でしゃべった。
言葉を聞いて、アナトールは困惑に顔を曇らせる。
「ああ。なるほど。そう言えば、そうだな。身なりで気がつくべきだった。どういう理由でここにいるのは判らないが…お前とは身分がかなり違っていたか」
独り言のように小さく呟く。
「だが…困ったな。こういうのは想定外だ」
土下座をしたままのザムゾンを呆然と見つめていたが、良策は思いつかなかったようだ。
大きなため息をつき、肩に留まるキルシュを助けを求めるように見つけた。
「どうすればいいと思う?キルシュ」
「ふふっ。アナトールって箱入り息子だものね」
アナトールの困った顔を見ながら、キルシュは楽しそうに笑った。
「箱入りとか言うな。こんな場面に遭遇したことがないのだ。助けてくれ」
「いいわよ。こういう時は許してお願いすればいいのよ。別に貴族だろうが平民だろうが関係ないわ。高位のものは下位のものに対してどう接するかしら。政治の場面を思い出して。考えれば簡単な事よ」
キルシュに言われ、アナトールの顔がすぐに明るくなる。
嬉しそうにザムゾンに声をかけた。
「ああ。そうか。ザムゾン顔を上げてくれ」
昨日よりは少し早く更新できました。
よかった。
来週も同じように、2日ほど更新できたらと思っています。
この分だと、木・金曜日が有力でしょうか。
試行錯誤を続けてみますw