その6
「僕に何が起こるとでも言うのですか?」
少年は教えをこうように尋ねた。
気持ちが昂揚し、ワクワクしてくる。
何でも知っている先生に質問すると、こんな気持ちになるのかも知れない。
少年は思った。
彼自身は学校には通っていないため、それは想像に近いものだった。
簡単な文字が読め、計算さえ出来れば仕事は出来る。
近所に住む子供達の中で学校に通う者はいない。
それを嫌だと思った事はないが、好奇心の強い少年にとって学校は、知識を深く知ることの出来る憧れの場所だった。
事実、この神殿を訪問した動機は、話に聞く神殿の内部が実際にどうなっているのか自分の目で見て知りたかったからだ。
長年そう思って、先日ひょんな事からその機会を得た。
馴染みの修道士が宿屋の名物の煮込み料理を他の修道士と一緒に食べたいから配達してくれと、注文してきたのだ。
いつもならば、叔母か叔父が行くところを、これ幸いと少年が配達することを強く願い、許してもらった。
料理を配達し、神殿を少し案内してもらったところで、非常事態が起こった。
立ち上る炎を見て、少年を案内した修道士は、その場所から一番近い出口を教えすぐに逃げるように指示すると現場に走り去っていった。
独り残された少年は、何となく立ち去りがたくて…修道士の彼の指示した場所へ足を進めることなく、導かれる場所へと足を進めていった。
そして今ここにいる。
炎の化身のような男性は深く悩む表情をすると、何かを思いついたのか目を細めて微笑む。
「そうだな…例えば…」
男性が少年の疑問に答えようとした時、背後に居たドラゴンが二人の間を飛び、その存在感を示した。
少年の視線が再びドラゴンに釘付けになる。
男も少年の視線を追って、ドラゴンへ瞳を移した。
「そろそろ、こんな遊びは止めたらどうかしら?」
そう言ってドラゴンは大きく翼をはためかせて自己主張をすると、炎の中心に居る男性の肩にフワリと舞い降りた。
男を包んでいた炎が揺らめき、形を変える。
炎の中で男性がドラゴンの言った言葉を汲みかねて不思議そうに首を傾げた。
「体に火がつく頃でしょ?」
「……火…?…」
男性は不思議そうに言葉を繰り返すと、やっと理解できたように顔を明るくした。
「嗚呼。そうか。そうだな」
今初めて気がついたように男性は自分の周囲を見回す。
小さく顔を歪めて笑うと肩を竦め、ドラゴンに向って笑った。
「この身についたからといって、私が火傷するだけだから構わないが…」
「今の貴方に必要がある?」
「そうだな。ないな。こんな気晴らし、必要ないな」
「じゃあ。火を消して。遊びは終りよ」
「判ったよ。キルシュ」
男性はおざなりに返事をすると、鋭く尖った視線で自分の周囲を取り巻く炎を見ると、薄く目を閉じる。小さく何かの言葉を呟いた。
次の瞬間。
今まで男性を取り巻いていた、大きな炎は忽然と消えた。