その4
男性は少年の訴えを聞くと、おもむろに背後を振り返り、また少年に視線を戻した。
背後にいる存在を判らない訳ではないだろうし、どちらかと言えば付き従えているようにしか見えないのに、大げさな動作で確認する。
それは、まるで役を演じる役者じみていて、それを見ていた少年もわざとらしい動きだと感じる。
「ほう。なるほど…まだ小さいのに、魅入られたか」
わざわざ少年の言葉を確認したと、態度で示しているだと、この言葉でも判る。
男性は少年の問いには答えず、それどころかそんな言葉を聞いてもいないように、口の端を上げた
「キルシュ。お前の魅力はこんなに幼い子供にも通用するようだな」
「…キルシュ?…さくらんぼ…?」
「ええ。そうよ、私の赤い瞳が、さくらんぼに似ているらしいわ」
驚いたことにドラゴンが声を出した。
高貴な女性の持つ麗しい声色で、しゃべる。
よもやしゃべるとは思っていなかったので、少年はしばし驚いた顔をした後、かけられた言葉に返事をしていなかった事に気がつく。
「そう見えなくもないですが…」
熱さだけではなく顔を赤らめて、少年は呟いた。
似合ってはいないとしか受け止められない言葉で。
少年の言葉を聞き、男性が眉間にしわを寄せ不快感を露わにする。
「おまえは私の名付けに文句をつけるのか」
「その名前はあなたが付けたのですか」
「ああ。そうだ。名前が無ければ呼ぶのにも困ってしまうだろう」
「それは。そうですが…」
よりにもよって、こんな可愛らしい名前をつけるとは。
どちらかと言えば美しく麗しい名前こそ相応しいと思う。
どこまでも変な男だ。
相変わらず炎の中にたたずんだままの男性を見て、少年は思った。
男性も少年を見て楽しそうに笑う。
「それにしても、おまえは本当に面白いな…その体。まるで何モノからも自分を護ろうともしない、体質ともいえる特性。おまえ、術を学んだ事があるか」
「…術?」
「ああ。持って生まれた己の力以上の事を成すため、世界の根源から力を引っ張り出し自在に使う事さ」
「魔術の事ですか」
「そこまで大雑把なくくりにはしていない。そうだな。言わば、因果律を無視できるような…あってはならない物を呼び起こすような。そんな大きな術を使ったり、使うのに手を貸していないか?」
大きな魔術など見たこともない。そんな覚えの無い少年は、即答する。
「僕は魔術を学んだことはありません。叔母さんが修道士相手の宿屋をしているので、術の使える人と話す機会は幾らでもありますけれど…大きな術は見たことありません」
少年は素直に答えた後で、質問の意味がわからず首をかしげた。
「どうして。そんな事を聞くのですか?」
「おまえが面白い体質だと言っただろう。その体、本来ならば普通の人ですら持っている力を全く備えておらぬ。まるで何かの術の副作用で無くしたように。何かの術で使い切ってしまったように。まるっきり何もないのだよ。それでよく魔術の蔓延るこの街で平気な顔をして暮らしていられたな」
少年に関する事だったからか、今度は男性は少年の問いに答えた。
読んでくださりありがとうございます。
定期的に更新できるかな~と、考えていたのですが。
年末で忙しくなってきたので、不定期更新になります。
ゆるゆるペースで、すみません。
でも、この話はこの感じで進みます。