その3
炎の揺らめきの中で男性が笑っていた。
…やっぱり夢の中の出来事なのだろうか。
炎に包まれた男性の姿を見ながら少年は思った。
どう考えても現実の事とは思えない。
だが熱い。
ジッとしていると、全身から汗が噴出してくるのが判るほど熱い。
熱さだけが、唯一この光景が現実である事の証明だ。男性はもっと熱いだろう。
その中で平然とした顔をした男性がいるから、おかしいのだ。あまりにも平然としているから、自分の方がおかしいと思ってしまう。
「あなたは熱くはないのですか?」
少年は思ったら、無意識のうちに問いかけていた。
問うているうちに、熱さを我慢できないくらいに感じる。
額からポタリポタリと汗が滴り落ちる。
炎に包まれた男性が至近距離にいるが。これ以上近づけば少年は無事ではすまないだろう。
「僕は熱い。とても熱い」
訴えるように男性に言う。
「熱いのに、逃げないのか」
愉快そうに男性は言った。
男性に言われて少年は気がつく、逃げることは念頭になかった。
今でもない。
どうしてだか、この場から逃れようという気にならない。
そんな風に思えない自分自身も不思議で少年は、男性の言葉を繰り返した。
「逃げる?」
「ああ。そうだ。私から逃げないのかと聞いているのだ」
「どうして?」
「本当におかしな事を言う少年だ…このままでは、おまえは危ないのだよ。それが判らないのか。見たところ、どこか悪いところがある訳ではないようだが…私の持つ炎に包まれたら、おまえなど一瞬にして消えてしまうよ」
おどかすように、嘲るように男性は言う。
だが、そんな言葉を言い続ける男性の瞳は寂しそうで悲しそうだ。
やはりこの場所から離れてはいけないのだと少年は感じた。
男性が従えた、肩に留まるドラゴンがそう言っているように見える。
ドラゴンの二つの瞳は真っ赤な宝石のようで、口を開かずとも瞳だけで少年に語りかけている。
初めて見た伝説や物語で聞いたことのある、幻獣。
姿形から判断するのは難しいのに、何故かこのドラゴンは女性だと判った。
彼女の存在が少年の心を掴んで離さない。
今この場を立ち去ったら。
きっと、もう会えない。
それはイヤだった。
形のない、印象的な力が彼女から注がれ続ける。
自分の内にある器は彼女の力を受け、光で満ちあふれ輝いている。
この力を受けている間は命には別状はない。
少年は何故か、そう確信していた。
彼女は神の使いなのかも知れない。
だから…少年は自分の思いを男性へと訴えた。
「まだ見ていたい…この力に触れていたい」
「見ていたい?触れていたい」
「あなたの隣にいる、その美しいお姿を目に焼き付けていたいのです。僕の中に満ちてくる、力の存在を…もっと感じたい」