その24
「モチロンです。貴方が僕に下さったのだから」
アナトールを喜ばせることが出来た。それだけでも出しておいて正解だった。ザムゾンはお茶を入れたカップを差し出しながら思った。
「来客用の茶器でなくてスミマセン…でも公の使者から連絡無かったという事は誰にも秘密の訪問なのかと思って。叔母夫婦には何も言わなかったので準備出来なかったんです」
アナトールはザムゾンが差し出したカップを嬉しそうに受け取ると、ためらうことなくそれどころか満面の笑顔を浮かべて、カップに口をつけた。
「そうよ。よく判ったわね」
ザムゾンの言葉にキルシュが答えた。
「それくらい。少し考えれば判りますよ」
「まぁ。ザムゾン。やっぱり貴方は聡い子ね」
「ありがとうございます。キルシュはこちらにどうぞ」
テーブル代わりの箱の上のカップを示し、ザムゾンは得意気に口を開く。
キルシュは翼を広げ舞い上がると、ザムゾンの示した場所へと重力を感じない動きで降りた。
「少し見ないうちに大きくなったわ。ありがとう。この子は本当にいい子だわ」
キルシュは面白そうにカップを観察すると、カップに首を突っ込み口をつけ、器用にお茶を飲み始めた。
まるで湖水の水を飲むような動作。
彼女が大きなドラゴンだったら、河や湖からこうして水を飲んだのだろうという姿だった。
鳥や獣の動きと重なるが、違っているのはそんな姿を見ても優美に見えるところだ。
下品な音も立てず、貪るような動きもない。
静かに美しく味わっている。
顔を上げると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「美味しいわ。ありがとう。ザムゾン。とても芳醇な香りね。アナトールもそう思うでしょう」
言葉を振られてアナトールはうなずいた。
「そうだな。良い葉を使っている。心使いありがとう」
「そんな。これくらい。大した事ないです」
照れながらザムゾンは椅子に座った。
アナトールの正面に座ることになる。
とは言え、ベッドと箱と椅子を置いただけで丁度よい空間になるくらいの狭い部屋だから、アナトールとは極近い距離で対面していることになる。
アナトールがお茶を飲み終え、手の中で転がしているのを見て、ザムゾンは口を開いた。
「それで僕にどんなお願いがあるんですか?」
彼から言い出すのを待っても良いが、何となく言いにくそうにしていた様子だった。そして決定権はこちらにある。彼の力になりたい思いはずっと変らないのに。
どうしてか判らないがアナトールはその事に自信を持てずにいるように感じるのだ。
だから、こちらから聞いてあげた方がいいのではないかと思ったのだ。
「まず、話をする前に聞きたい事があるのだが…」
「何ですか?」
真っ直ぐ見つめると、アナトールはザムゾンの視線から目をそらした。直視できなかったようだ。アナトールの視線は、両手で包み込んだカップに注がれる。
「ザムゾン。お前は私の友達になってくれると言ったが…私が力を失っても友達で居てくれるか?キルシュと離れて一人のただの人間になっても、同じように言ってくれるだろうか」
まるで独り言のようにアナトールは言った。
これは彼の恐れている事だ。ザムゾンには判った。だが言った内容がピンと来ない。
言葉の上では判ったが、どうしてそうなるのか理解出来ない。
「……力を失う?」
「ああ。そうだ。お前は大いなる魔力を持ったドラゴンのキルシュに憧れ、私の力に魅せられたのだろう。実際、私には、この力しかない。力を失った後に自分に何が残るのか判らないのだ」
途方に暮れたようにアナトールは呟いた。
彼の持つ力は国を護る大いなる力だが、ある意味では平和を脅かす脅威でもある。
平和が訪れようとしている、この国で彼の存在意義が揺らいでいるとでも言うのだろうか。
何かが起こっている。現在進行形で彼の身に何かが起ころうとしている。
ザムゾンは不穏な空気を察して不安に心が揺れたが、それと同時にそんな時に自分の助けを求めていると悟って嬉しくなってくる。自分のような小さな存在でも彼の役に立てる。
確かに出会った時には、あの強大な力に魅せられた。だが、あの場をずっと動けなかったのはアナトールの哀しそうな姿に心を囚われたからだ。
今もそうだ。ザムゾンは哀しげな彼を放っておけず、立ち上がって歩み寄っていた。
手の中のカップを取り上げると箱の上に置き、アナトールの手を掴み握って隣に座る。
「どんな貴方でも、あなたは貴方です。僕にとって変りはありません。僕に出来ること言って下さい」
アナトールは迷うような目をした後に、顔を上げた。握られたザムゾンの手を握り返すと寂しげな微笑を浮べ、口を開いた。
「……霜刃を手放すことになった」
次の更新は来週木曜日です~
予定がズレ込んでいますが…来週か再来週には終りそうな気がしてきました。
次もガンバリマスw