その2
炎の柱が神殿の内部のあちらこちらで上がり、目の前には大人の肩に乗れそうな位の大きさのドラゴンと、炎を持つ男性。
伝説や物語でしか見たことの無い光景が広がっている。
現実感の無い風景。
まるで描かれた一枚の絵のように少年には思えた。
夢に見たような。
いつか何処かで見たような。
記憶には無いが、一種の懐かしさすら感じる光景だった。
客観的に考えると罪を犯した者が落とされる煉獄のようと、表現することも可能だ。
だが、少年にはそれが忌むべき恐ろしいものとは認識できなかった。
自分が待ち望んでいた事。
叶わない夢として描いていた事。
そんな事に思えていた。
全てを壊し無くしたいと思う、そんな破壊衝動が自分の中にあるとは思わなかったが…
目の前で繰り広げられている光景を甘やかな美しさとしか思えない。
自分はやはり頭がおかしいのだろう。
そんな感慨と共に少年はこの風景を目に焼き付けようとしていた。
整った男性の顔に表情はなく、冷酷に光る瞳の中に何故か哀しさを感じるのみだ。
男性が少年に気が付き、立ち止まった。
興味なさそうな酷薄な表情が動き、面白いものを見つけたような顔になる。
立ち止まった男性の肩に、ドラゴンがヒラリと舞い降りた。
少年はドラゴンの羽ばたく翼の優美さや、真っ赤な妖しい瞳に目を奪われたままで動けない。
男性は手にした炎を持ち上げた。
大きく長く、剣のようにも蛇の舌のようにも見える炎が動いた。
少年のすぐ脇まで炎の先端が舐めるように揺らめき、飲み込もうとする。
咄嗟に後ずさる。
と、烈しい熱さを感じた後に、前髪がチリッと音を立てて嫌な匂いを発した。
そのままその場所に立っていたら、死にはしなくても大きな火傷くらいは負ったはずだ。
…ここは危ないかも知れない。
状況判断を冷静にして、少年はそう思ったが動けなかった。
否。
動きたくなかった。
一歩も動かずにいると、男は次に自分の持つ炎で自らを突いた。
男性が肩に乗せたドラゴンごと大きな炎で包まれる。
まるで炎の化身になったような姿。
男性は熱くないのか、苦悶の表情をする事はなく、口の端を上げた薄笑いを浮べた。
瞳が楽しそうに細められる。
そして一歩、少年の方に足を進めた。
「おまえ。私が怖くないのか?」
少年を面白そうに見ながら、男性が口を開いた。
「……怖い?どうして?」
少年は意味が判らず、問いを返す。
すると、次の瞬間。
男性は大笑いをした。
「おまえは変っているな。いいよ。そのままで…そのままがいい」