その19
一抱えある包みは大きさの割りに軽かった。
青年が立ち去った後、ザムゾンは叔母に断って自室に戻った。時刻は夕食前の準備に入ろうかという頃で、宿屋の仕事は一段落した上、簡食堂での客も全ていなくなっており、しばらく休んでいいと言われた。
贈り物の中に手紙でも入っているかも知れないからゆっくり休みなさいと声をかけられ、もし読めない言葉があるようなら今宿泊している学のありそうな修道士に文字を読んでもらうよう頼んでみるとまで言われた。
買い物や日常生活に関わる単語以外、ザムゾンは理解できない。叔母夫婦は読み書きや計算は出来るが、それは簡単なものに限る。
修道士達が多く泊まる宿屋という性質上、庶民が目にすることも珍しい本は日常で目にする物であるし、何より手紙をことづかる機会も多い。
学校などは貴族や街の中でも選ばれた人だけが通える場所だから、行く人は少なく叔母夫婦が通えたとは思えないが、仕事をしているうちに簡単な文章は読めるようになってもおかしくない。
それに修道士達は総じて親切で博学で面倒見が良い。
自分の時間が許す限り、尋ねれば答えるし、希望すれば教えてくれる。
ザムゾン自身も宿屋の仕事を手伝いながら、日常で感じる疑問を客に聞き懇切丁寧に教えてもらっている。薄皮を一枚一枚重ねるように、知識を少しつづ積み重ねている。
自分と同じ方法で大人になったとしたら、それだけでも文字に関してかなりの知識が得られているだろう。叔母夫婦が文字が使えるのはそんな理由だとザムゾンは思っていた。
自室である屋根裏部屋に入ると、早速ザムゾンは包みを開けはじめた。
艶のある油を染み込ませて乾かした、撥水効果のある紙に包まれた荷物を。
ズボンのポケットからザムゾンはよく手入れされたナイフを取り出した。
それは手を広げたくらいの刃渡りで、装飾のないシンプルな古いナイフだった。
肌身離さず持ち、手に馴染んでいる。
叔父さんが自分が子供の頃に父親からもらい大切に使っていたというナイフ。
それは切れ味を落とさないように丁寧に手入れし磨いでいるから刃が徐々に減っており、今では元の半分くらいの細さになっている。
手に良く馴染み自分の一部になっているみたいに感じる。
ザムゾンはこのナイフを大切に使って、可能であれば自分が叔父からもらったように自分の子供に渡したいと思っていた。
だが残りの刃の幅で考えると自分が使い潰してお仕舞いのような気もする。
何より、まだ仕事は手伝いに毛が生えた程度のものだし、一人前になって相応の稼ぎをもらえるようになるか、自ら何かの仕事を始めて自分で稼いだ金で物を購入することが出来るようになるには、まだまだずっと先のことになる。
それまでは大切に使っていかなければならない。壊れたからと言って代えはなく、必要な時に借りるしかなくなるからだ。
縛った紐をナイフで切る。
瞬間、風が吹いた。
窓を開けた覚えはなく、窓に目を向け確認したが窓はしまったままだ。
部屋に入った時に部屋のドアは閉めたから、何処にも風が入ってくる隙間はない。
ザムゾンは驚いて部屋の周囲を見回した。
が、部屋は何も変った様子はない。
何度も何度も部屋を確認したが、部屋は見慣れたいつもの自分の部屋のままであり、穴が開いているなどといった困った問題など見つかりはしなかった。
ザムゾンは気を取り直して包みを開く。
茶色の包み紙は、油を染み込ませ乾かしたもので、包みを開くたびカサカサと乾いた音を立てていた。
水に濡れないようにと、厳重に包まれている。
その包装と重さとかさばり具合から、開けるまえから中身は布製品だろうとザムゾンは考えていた。
広げてみると、真っ青な空が広がった。
それは目が覚めるような澄み切った空の色に布だった。
綿か何かが入っているのか厚みがあり柔らかい。
布の中央には黄色の鳥が舞っていた。
翼を広げて大空を飛び立とうとしている。
布の周囲には鳥を囲むように変った形の葉が刺繍され、所々に色とりどりの花や果物が刺繍されている。
見たことのない鮮やかな色彩にザムゾンは目を奪われた。
しばらくその美しい布を鑑賞していたが、ふと我に返り包み紙の中に手紙が無かったか確認する。
広げて裏返して確認したが、残念ながらカード一枚入ってなかった。
期待していたからガッカリしたが、もし難しい文章で書いてこられて読めなかったら、今よりももっとガッカリする気がする。これで良かったのだとザムゾンは自分で自分を納得させた。
美しい布を見つめて。遠くにいるアナトールを思う。何故か彼の気配が品物に残っているような気がした。
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