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その18




 宿屋の手伝いをしながら、ザムゾンは宿泊している修道士や街の人から神殿の事と長く続いている戦争の事を積極的に集め始めた。

 戦争に関しては、普通に旅人達の間で交わされる話以上の収穫しかなかった。

 宿屋の手伝いで小耳に挟む程度の話。

それは国境近くにはいつも大勢の兵士達が配置され、緊張状態が続いており、一年に何回か大規模戦闘が行われるのだが、日時に関して知ることは難しいという事だ。

 そもそもこの街は国境からかなり離れている。

 街の中心は神殿で、この街に暮らす人々のほとんどは神殿に関係することで生計を立てているとも言える。

 国は幾つもの神を崇め大きな街ではそれなりの規模の神殿を持っているが、その中で一番力を持ち神殿の規模も大きいのがこの『風の街』だ。

 国の成り立ちに大きく関わった『嘆く竜』と呼ばれるドラゴンを祭る神殿。

 その神殿がこの街の中心に位置する。

 そして神殿に勤める神官達は世襲して代々その仕事をしている人と、修道院で学び修道士となってから勤める二つのなり方があるらしい。

 世襲で勤める人たちは、その人達用の神官の学校があり、まれに街の中で優秀な子供がいると街の有力者から学問の手ほどきを受けた上で、神官の家の養子となってその学校に通う。

 そんな子供を出した家は養子として出す時に多くの謝礼を受け取る上、神官として活躍すれば生家として優遇される事もある。

 情報を集めていると、ザムゾンの近所でもそんな人が少なからず存在していた。

 街の人はそうなる事を名誉なことだと認識していた。

 その反面、修道院から神官になる道は不人気だった。

 修道院に入るのに資格は一切なく、ただ世俗から隔離されて貧しく清い生活を強いられる。

 あまりにも生活が厳しいから入る人は孤児や相当の事情がある場合が多いらしい。

 その上、修道院に入っても、街の神殿勤めなどの安定した生活が出来る者は少なく、毎日の食事にも事欠く辺境の街への勤務や従軍する者が多い。生家に対して見返りが少ない上、本人も安定した生活が営めないため積極的に入る事はなかった。

 そもそも食べるための選択ならば、街の中でも溢れている。

 他の街から巡礼にくる貴族や平民・修道士たちが多く、仕事は数多に存在している。

 身寄りがなくても小さい店や職人の下働きならばすぐにつく事が出来る。規模が大きい場所ならば住み込みの職もあるし、安い上長く宿泊できる宿も存在している。

 年に一度の収穫祭の時期は周辺地域から沢山の観光客が来るから宿泊場所に事欠くこともあるが、それ以外であれば、食うに困ることもなく住む場所にも困らない。

 身一つで来て街にきちんとした住まいを構えるにはハードルが高いが、十年も下働きすれば集団住宅の一角に自分の場所を設ける事が可能だ。長く働き所帯を構える人も多い。

 人や物の交流が多い故、流行り病のリスクが他の街よりも高いといっても、安定した生活が送れるという意味でこの街は人気があった。


 待ち人を待つ一日は長い。

だ が一週間や一ヶ月と言った長い時間は振り返ると、あっという間に過ぎて行った。

 一ヶ月ほど経った頃、ザムゾンの元に一人の神官が訪ねてきた。

 神殿から送ってくれた青年だ。

 叔母が用向きを聞き、宿の一階にある食堂で料理を運ぶ手伝いをしていたザムゾンが呼ばれた。聞けば荷物を渡す用事で来たという。

 入り口で立っていた青年は神殿で見た服ではなく、修道士が着る闇色のフードのついた長衣を着ていた。

 顔色は優れないようだったが、ザムゾンの顔を見ると以前と同じ柔らかい笑顔を浮かべ丁寧に挨拶をする。

 そして茶色で艶のある紙に包まれた荷物をザムゾンへと渡した。

「霜刃さまからです。滞在は思ったより少し長引きそうだと、言付かりました」

 用件だけ言うと、彼は立ち去ろうとする。

 ザムゾンはせっかくだから食堂でお茶でもどうかと誘ったが、急ぐ用事の途中だからと丁寧に断られた。

 引止めがてら、アナトールのことを幾つか尋ねたが、彼は曖昧な答えを返すだけで。詳しいことは何ひとつ教えてくれなかった。

 ただ話した内容を考えると彼がアナトールに付き従い、戦場でも近くに居るという事が判っただけだ。平民の子供には何の力も無い。彼の力になれる事は何もない。それが判って悔しい気持ちになる。だけど実際ザムゾンに何が出来るかと問われたら何もできないのだ。それが判るから更に悔しい気持ちになる。自分の無力さが何よりも腹立たしかった。

 仕方なくザムゾンはいつも首から提げている小さな皮袋を青年に差し出した。

 袋の中には街のまじない屋から買った、金運や幸運を運んでくれるという触れ込みの小さな小さな虎目石が入っている。

 商売繁盛のためのお守りだが。ザムゾンが持っているのはそれだけだから仕方ない。

 だがこの石はいつも肌身離さず持っているから、自分の分身とも言える。魔術は知らないが、人の思いは物に篭るとまじない師が言っていた。それが本当ならばザムゾンの思いもこの石に宿っている筈だ。何かの役にでも立てば。否。役に立てなくても、自分がここで待っていると知ってくれるだけでいい。アナトールが無事で、帰ってきてくれればいい。

 差し出しながらザムゾンは青年に言った。

「アナトールに伝えて下さい。ずっとずっと、待ってます。貴方と話しをするのを楽しみにしています…と」




読んで頂きありがとうございますw

何とか金曜日中に更新(大汗)


来週はGWでお休みします。

次の更新は5月12日(木)の予定です。

よろしくお願いします。


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