その12
「だが、この中に居る者にとっては、そうは言えないだろうな」
自嘲的な歪んだ笑いを浮かべ、アナトールは続ける。
「敵が奇襲を行ったというならまだしも。同胞の所業なのだから。いい迷惑だ」
ため息をつくと、すっくと立ち上がった。
彼が立ち上がっていたのを見て、ザムゾンは自分が床に座り込んでいたことに気がついた。
アナトールにつられるようにザムゾンも立ち上がる。
すると、アナトールの肩にまるで置物のように留まっていたキルシュが翼を広げ羽ばたかせる。宙に浮き上がった。
壮麗で軽やかな飛翔を目撃し、ザムゾンはその姿にひきつけられる。
キルシュは人影の近くまで飛んで行くと、まるで歓迎するかのように頭上を舞い、ゆっくりと旋回してアナトールの元に戻って来きた。
鮮やかな力が遠くに離れていく寂しさと、近づいてくる喜び。
話しに聞く思い人に対する感情というものは、これではないだろうか。
そうザムゾンは思った。瞳を輝かせキルシュを見つめるザムゾンを見て、アナトールは少し複雑な表情をした。
近くまで戻ってくると、キルシュはザムゾンをチラリと見た。
視線が合ったと思ったら、真っ直ぐ空中からザムゾンに向って降りていた。
音もなくザムゾンの肩に留まった。
「うわっ」
何の断りもなく留まったキルシュを見て、ザムゾン驚き、一歩後さずる。
急な動きだったが、肩に留まったキルシュは平然な顔をして、揺れることもなく、ザムゾンの肩に留まったままだ。
「まぁ、失礼ね。私がキライなのかしら」
「そ…そんな事ないです」
すねたような口ぶりでキルシュが言うと、ザムゾンは激しく顔を横に振った。
アナトールは呆れた顔でキルシュを見る。
キルシュの言葉は判っていてやっている事は明白で、わざとらしいにも程があるのだが、ザムゾンはそれに気付かない。
「ごめんなさい。僕、驚いてしまって」
ザムゾンは顔を真っ赤にして弁解すると、キルシュは小さく笑った。
その笑みはザムゾンの心を暖かく照らす。
鱗に覆われ鋭い牙を持つ、たいかにもドラゴン然とした、伝説通りの姿なのだが親しみを抱く笑顔だった。
いかつい鱗や硬い顔の表面に関わらず、表情がクルクルと変るからなのかも知れない。
「重いかしら?」
「そんな事ないです」
「そう。ありがとう」
赤い目を輝かせキルシュがにこやかに笑う。
そして、表情を硬くするとアナトールに目を向ける。
「あんな術を使えるようにするから、こんな風になるのよ。今、貴方の焼いた神殿を粒さに見てきたわ。アナトール。あれはやはり人には扱えない類のものなのよ」
「人間には…な」
アナトールはキルシュの言葉に軽く返した。
キルシュは更に険しい顔をして口を開く。
「あなたも人間よ」
「そうだな。でも、術は完成した。もう遅い」
「そうね。今さらだわね。終わったことを、何回もいうなんて。私も年を取った証拠だわ」
アナトールから目をそらすと、ザムゾンに顔を向けた。
キルシュの切ない瞳を見て、ザムゾンはたまらない気分になる。
彼女といい、アナトールといい、自分よりもずっとずっと長生きしているはずなのに。放っておけない。
二名の力になりたい気持ちが沸いてくる。
他の人では感じることのない感情にザムゾンは自分自身も驚きながら口を開いた。
「年寄りだなんて・・・そんなことありません。あなたは素敵です」
真剣に言われ、キルシュの目が丸くなる。
驚いているのが近くに居るせいか、まざまざと伝わってくる。
「・・・だそうだよ。良かったな、こんな近くに信奉者がいて」
ザムゾンの言葉をアナトールが苦笑いをしながら茶化す。
アナトールの声でキルシュは表情を元に戻すと、小さく笑った。
「子供に慕われても仕方ないわね」
「子供じゃありません」
「これ以上ないくらい、子供だが」
「子供よね」
二名に子ども扱いされて、腹が立ってくる。
だけど、二名とも楽しそうだ。
重い空気が軽くなったのは嬉しいが。内容が気に入らない。
ザムゾンは喜んでいいのか、怒っていいのか判らなくなりながら大きな声で言い切った。
「今はそうですけど。すぐに大人になります」
ザムゾンの声の後。
しばし沈黙が流れた。
言葉が続かなかったようだ。
最初に口を開いたのはキルシュだった。
「私を護る騎士になってくれるのかしら?」
「頑張ります」
ザムゾンの言葉を聞いて、アナトールが続ける。
「それは頼もしい。では私も一緒に護ってもらおう」
にっこりと笑うアナトールの前で、ザムゾンは驚いた顔をする。
その顔を見て、キルシュとアナトールは声を上げ、楽しそうに笑いはじめた。
ぎりぎり更新。
次の更新はいつものように木曜日の予定です。