滅亡する世界─オオツキ様が見ている─《序》
この空から星空が消えた。
見上げた空は摩天楼。地上から空へとそびえる無機質な灰色の塔。
歪なカタチで個性を出そうと不細工な姿でスポットライトを浴びているビルディング。
地上で輝く人工の星の一つひとつに人の営みがあるのだろう。
視点を移した先は幹線道路。白と赤の光が消えることなく動き続けていた。
肉体をめぐる血管のように張り巡らされた道路を走る車は言わば酸素を運ぶ赤血球か?
ライトの光が夜の暗闇を照らしている。
誰も空を見ない。
星は既に、行方を示す目印にも、未来を占う象徴でも無くなった。
遠い遠い宇宙の先の、なんてことのない恒星の群れでしかない。
だから誰も気が付かない。
空が雲で覆われようと、日が沈んでも。
月明かりに頼ることを忘れた者達には気が付かない。
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─目だ。
僕が始めてソレを見たときはまったく気が付かなかった。「ああ、なんだ月か」と見過ごしていた。
月だ、大きな満月だ。
慣れない酒を飲んだせいか、その月が大きく見えた。
コンビニでスポーツドリンクとアイスを買って徒歩10分もかからない自宅へ帰る途中に見た月がやけに頭に残っていた。
帰宅し部屋の電気をつけて、アイスを齧りながら携帯端末を充電器に挿しながらお気に入りの音楽を流す。
その際に、カレンダーが目に入った。
何の景品だったか記念品だったか忘れたが、殆どの物を電子化する昨今において、愛用の紙カレンダーに今日の月齢が【新月】と記されていた。
「んん…?おかしいな」
既に木製スティック部分だけになったものを咥えて、携帯端末を操作する。
天気予報には青い丸…新月を意味するマークがついていた。
普段の僕なら「見間違えか、酔っ払って街灯を月だと誤認したのかも」等して確認なんてしなかっただろう。
目が合った。
いや、正確には違う、はずである。
空に浮かぶ月は満月だった。
黄濁したソレが、一際大きく見えた。
ドロリと煮込んだ卵の黄身のような目から何かが、垂れていく。
黄濁を瞳孔と捉えた脳が、その先にを認知する。
薄くはった雲だと見えていたものが虹彩に、そしてソレが更にわからなくなった。
まるで金魚鉢や虫かごを眺める子供の目にも、顕微鏡で細胞を観察する科学者にも見えた。
目はゆっくりと上方から欠けていった。それが人でいう瞬きだと僕は処理した。
やがて、ゆっくりと目は消えて、何もない、星の見えない夜が続いていた。
翌朝、一睡もできずにいた僕は携帯端末がアラームを鳴るより先に解除し、冷蔵庫に入れておいたスポーツドリンクを保冷カバーに入れて鞄に入れて出かけた。
停めておいたバイクに乗って、駅まで向かう。
時間は5時12分。知り合いに会うことなく、事故に巻き込まれることもなく駅に着いた。
改札を抜けてほぼ始発の電車に乗る。
携帯端末にインストールしたゲームで暇を潰そうとしてネット記事がポップされる。
[〜███区で陥没事故発生 〇〇線本日運転見合わせ〜]
それからは衝動だった。
あり得ない妄想に頭がやられたんだと僕の冷静な部分が告げている。聞く耳なんて持たない。
電車が停まった瞬間に降りて、反対のホームへと渡り、来た駅を戻る。
バイクに乗ってエンジンをかけながら携帯端末でナビアプリを起動する。
そして逃げ出すように僕は街を去った。
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半日以上経った今、僕は山間のサービスエリアで休憩していた。
携帯端末のバッテリーの減りが早い。5年前のモデルだからか、ネットワークへの接続も若干悪い。
ネットで検索をかけても‘月の目’についての記事や書き込み、投稿はない。出てくるのは漫画やゲームに登場するキャラクターだったり、スピリチュアルな話ばかりだ。
薄いカツの乗ったカレーを食べながら、落ち着かない時間を過ごす。香辛料の辛さも何もかもが自分の遠いところの感覚のようだった。
「考え過ぎか……あーあ。急に飛び出してバカみたいだ」
腹が膨れて冷静になってきたのか、今の現状に嘆く言葉が口から溢れる。
誰かに告げることなく衝動で飛び出して、周囲に迷惑がかかったかもしれないと気落ちする。
メッセージアプリには未読の通知が幾つか溜まっていた。恐る恐る開いて、1件ずつ確認と返信をしていく。
「…今日は、体調不良で、病院に行きます…と。…あー…診察の証明しろとか言われるかなぁ…」
そこで眠気が襲ってくる。昨日今日はあまり眠れていなかったし、少し落ち着いてきたからか、力が抜けていきゆっくりと机に突っ伏して目蓋を閉じてしまった。
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暗い水の中を泳いでいるようだ。
不思議と呼吸は苦しくない。
恐怖もない。
視界の先に一つ光が見えた。
誘蛾燈に寄る虫のように、
提灯鮟鱇に誘われる深海魚のように、
異郷の祭を彩る光に集まる民衆のように、
微かに輝く光へと向かう。
青い宝石だ。
とても美しい、よく見てみよう。
中に吸い込まれるようにその宝石を眺め続けていた。
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目が合った。
目が合った。 目が合った。
目が合った。
目が合った。 目が合った。
目が合った。
──────────────────はじめまして。
「ー─ーッ!!」
ガタンと音を立てて椅子から滑り落ちる。
じっとりと汗がにじむ。
鞄からタオルを取り出し、汗を拭いながらスポーツドリンクに口をつける。
呼吸が浅く、落ち着かない。
「お兄さん大丈夫かい?」
「え?」
「随分お疲れのようだったんで起こさなかったんだが」
突然声をかけられ、驚いた。アロハシャツを身につけた老人が心配そうにこちらを見ていた。
「あ、ごめんなさい。お騒がせしました」
荷物をまとめて立ちあがる。
携帯端末を確認すると昼の3時を示していた。
帰って明日の準備をしなければ、今日の休み分を補填するにはと考えながら、声をかけてくれた老人に改めて謝罪を言おうとして。
目が合った。
瞳孔のない黄濁した瞳と色が反転した強膜をしていた。
叫びながら、走り出して、バイクを動かす。
嘘だ嘘だ嘘だ、と繰り返しながら普段出さない速度を出しながら逃げていく。
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ハイウェイを駆ける。
それは疾風のように激しくなりふり構わず。
命の危機が迫るような速度をそれ以上の恐怖で感覚を麻痺させる。
轟々となる風の音に紛れる絶叫が喉を引き裂く。
行き着く先は長いトンネル。
黒とオレンジを交互に駆け抜ける。
前を走る車が停まって見える程の速度でもって走っても、回り車の中を走っているようだった。
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「──えま──!」
僕が狂気から覚めたとき、僕は自分の死期を悟った。
昔、今見ている天井を僕は何度か見たことがある。
それは、小学生の時に、職業研究の授業だったかな……?
その時に僕は消防車と救急車に乗ったことがある。
それから、父親の付き添いと…友達との旅行中にもあったな。
そう、僕は今、救急車で搬送されている最中なのだった。
マスクとヘルメットをつけた人に呼びかけられる。
ゆっくりと瞼を開けて、呼びかけてくれている人に応える。生憎、声が出ないので視線と僅かに動く指先だけだが、気づいてくれた。
「月が見ている」
なぜだかその言葉だけはすんなりと言えた。
最期にみた人の目が満月のような黄濁したものでなかったのが僕の救いだった。




