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元社畜、ダンジョンマスターになる。 ~残業ゼロ・福利厚生完備の魔王軍を作ったら、人間界の勇者まで転職してきました~  作者: 綾瀬蒼
第1章「勇者転職編」

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第9話 王女、魔王軍の『経理』を見て愕然とする

「ありえない……絶対に裏があるはずよ」


 プリンアラモードを完食し、少し冷静さを取り戻した王女エレオノーラは、事務室オフィスの長机に積み上げられた羊皮紙を睨みつけていた。


「魔王軍がこんなに裕福なのは、どこかの村から略奪しているからに決まっているわ。そうでなければ、違法薬物の密売か、闇カジノの経営……」


 彼女はあら探しをするつもりで、ヴェルムから渡された『月次決算書(魔力・金銭収支報告)』をめくった。

 王国では、こうした帳簿は「機密事項」として隠蔽され、たまに見せられても数字が改ざんされているのが常識だ。


 だが、目の前の資料は違った。

 驚くほど見やすく、そして――透明クリアだった。


「な、なによこれ……」


 項目別にきっちりと整理された収支。

 『人件費』『設備維持費』『福利厚生費』……そして『予備費』。

 全ての金の流れが、一ゴールド単位で記録されている。


「略奪による収入……ゼロ。むしろ『冒険者からのドロップ品買取』で適正価格を支払っている……?」


 エレオノーラの手が震える。

 彼女の視線が、あるグラフに釘付けになった。


『経費削減効果レポート:第3四半期』


「王女様、そこがポイントです」


 電卓(魔道具)を叩いていたヴェルムが解説を入れた。


「以前は『冒険者を殺すための罠』に莫大な維持費がかかっていました。ですが、これを全撤去し、『冒険者に長く滞在してもらい、宿代と飲食代で稼ぐ』というビジネスモデルに転換しました」


「ビジネスモデル……?」


「ええ。殺して奪うのは一度きりですが、サービスに満足した顧客(冒険者)はリピーターになり、何度でも金を落としてくれます。所謂『サブスクリプション』に近い考え方ですね」


 王女は呆然とした。

 人間を殺す場所だと思っていたダンジョンが、いつの間にか「巨大な観光リゾート地」に変貌していたのだ。


「でも、でもっ! こんなに人件費を払って、経営が成り立つわけないわ! 王国騎士団だって予算不足で解雇したのに!」


「ああ、それについてはこれをご覧ください」


 ヴェルムは、一枚の大きな図面を広げた。

 『組織図』だ。


「当ダンジョンの組織図です。トップの私、各部門長、現場リーダー。命令系統はシンプルで、責任の所在が明確です」


 次に、ヴェルムはもう一枚の図面を出した。

 王国の紋章が入った、複雑怪奇な図面だ。


「そしてこれが、公開情報から分析した『聖王国の組織図』です」


「ッ……!」


 エレオノーラは息を飲んだ。

 そこには、無数の矢印が絡み合い、誰が誰の上司なのかもわからず、謎の「顧問」「相談役」「特別参与」といった役職が大量にぶら下がっていた。


「王国の組織は、いわゆる『スパゲッティ状態』です。指示一つ通すのに十人のハンコが必要で、その間に情報は歪曲され、責任はたらい回しにされる。そして、この『何もしていないおじさんたち(役員)』に、莫大な給料が支払われている」


 ヴェルムは淡々と、しかし残酷な事実を突きつけた。


「うちのゴブリンの給料が高いのではありません。あなた方の国の『中抜き』が酷すぎるのです」


「う……あぅ……」


 エレオノーラは椅子に崩れ落ちた。

 反論できなかった。

 心当たりがありすぎたからだ。

 父王に取り入るだけの貴族たち。パーティーと賄賂に消える税金。そして現場で血を流す兵士たちには「愛国心」を強要し、報酬を払わない。


 魔王軍の方が、よっぽど「人間的」で「健全」な組織だったのだ。


「私は……私は、今まで何を誇りにしていたの……」


 王女の瞳から、光が消えた。

 彼女は国を良くしようと必死だった。だが、その土台が腐っていたことに、薄々は気づいていながら目を背けていたのだ。


 そんな彼女の前に、湯気の立つコーヒーカップが置かれた。


「砂糖とミルク、たっぷり入れておきましたよ」


 ヴェルムの声は、意外なほど優しかった。


「王女様。組織の腐敗は、あなたのせいじゃありません。ですが、気づいた人が直さなければ、国はいずれ滅びます」

「……どうやって? お父様は私の話なんて聞かないし、勇者もいなくなったし……もう終わりよ」

「勇者がいなければ、作ればいいじゃないですか」


「え?」


 ヴェルムはニヤリと笑った。それは魔王らしい、不敵な笑みだった。


「私がコンサルティングしましょうか? あなたの国を『ホワイト化』するための、業務改善計画リストラプランを」


「えぇぇ!?」


「手始めに、その『働かないおじさんたち』を一掃する方法ですが――」


 その時。

 オフィスに赤い警告灯パトランプが激しく点滅し、サイレンが鳴り響いた。

 リリィが血相を変えて飛び込んでくる。


「マスター! 緊急事態です! ダンジョン入り口に、大規模な軍勢が接近中!」


「軍勢だと? どこの国だ」

「旗印は……『聖王国騎士団』です! その数、およそ五千! 率いているのは……」


 リリィは、青ざめた顔でエレオノーラを見た。


「国王陛下ご本人です!!」


「お、お父様!?」


 エレオノーラが叫んだ。

 ブラック企業の社長(国王)が、逃げ出した社員(勇者)と、裏切った娘(王女)をまとめて始末するために、自ら乗り込んできたのだ。


「……なるほど。あちらから『断捨離』されに来てくれるとは、手間が省けたな」


 ヴェルムは指をポキリと鳴らした。


「総員、第一種戦闘配置! ただし『殺害』は禁止だ。徹底的に『おもてなし(防衛戦)』して、心の底から分からせてやるぞ!」

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