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元社畜、ダンジョンマスターになる。 ~残業ゼロ・福利厚生完備の魔王軍を作ったら、人間界の勇者まで転職してきました~  作者: 綾瀬蒼
第1章「勇者転職編」

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第8話 最凶のクレーマー、王女来襲

 その日、ダンジョンの受付フロントは騒然としていた。


「責任者を出しなさい! 今すぐに!」


 第一層のエントランスホールに、ヒステリックな金切り声が響き渡る。

 受付業務を担当していたゴブリン娘が、困り果ててオロオロしていた。


「あ、あのお客様……当ダンジョンへのアポイントメントは……」

「黙りなさい! 私は聖王国第一王女、エレオノーラよ! アポなど不要!」


 仁王立ちしているのは、煌びやかなドレスアーマーに身を包んだ、縦ロール髪の美女だった。

 王女エレオノーラ。

 国王の娘であり、その性格は「わがまま」「高圧的」「人の話を聞かない」の三拍子が揃った、まさに王族のステレオタイプだ。


「魔王! 隠れてないで出てきなさい! 私の大切な『所有物ゆうしゃ』を返しなさいよ!」


 彼女はコツコツとヒールを鳴らしながら、勝手知ったる様子でダンジョンを突き進もうとする。

 警備のオークたちが止めようとするが、彼女は王家の至宝である魔剣を振り回して威嚇した。


「どきなさい汚らわしい! 私に指一本でも触れたら、王国騎士団が黙ってないわよ!」

(※注:騎士団は予算削減で解雇済みです)


 


 指令室でモニターを見ていたヴェルムは、深いため息をついた。


「……来たか。一番厄介なタイプのクレーマーだ」

「マスター、迎撃しますか? トラップカード『落とし穴(ぬるぬるローション入り)』なら即時発動できますが」


 リリィが悪戯っぽい笑顔で提案するが、ヴェルムは首を横に振った。


「いや、王族相手に変な手出しをすると、国際問題に発展して『平穏な暮らし』が遠のく。俺が直接対応する。……アーサーを呼べ」


 


 王女エレオノーラは、怒りに震えていた。

 国が大変なのだ。

 魔物が暴れまわり、国民からの不満が爆発寸前。父王は「勇者はまだか」と叫ぶだけで役に立たない。

 だから、自分が直接迎えに来てやったのだ。


「アーサー! どこにいるの!」


 彼女が扉を蹴破って入ったのは、第三層にある『社員食堂』だった。

 ちょうど昼食時。

 カレーのスパイスの良い香りが漂う中、彼女は信じられない光景を目にした。


「……うぐっ、んぐっ、ぷはーっ!」


 窓際の席で、風呂上がりのツヤツヤした肌をした青年が、腰に手を当ててフルーツ牛乳を一気飲みしていた。

 勇者アーサーである。

 その顔には、長年の激務で染み付いたクマも、悲壮感もない。ただただ、幸せそうな「休日のおっさん」のような顔があった。


「ア、アーサー!?」


 王女の声に、アーサーがビクッと反応した。

 牛乳の瓶を取り落としそうになりながら、振り返る。


「え……ひ、姫様……!?」

「探しましたよ! こんなところで油を売って……さあ、帰りますよ! 西の街道でヒドラが出たそうです! あなたの出番です!」


 王女は当然のようにアーサーの腕を掴み、引っ張った。

 だが、アーサーは動かない。


「……嫌です」

「はい?」

「帰りません。俺はもう、勇者を辞めましたから」


 アーサーは王女の手を振りほどき、毅然と言い放った。

 王女は目を丸くし、次の瞬間、顔を真っ赤にして激昂した。


「な、何を馬鹿なことを! あなたは勇者なのよ! 国のために死ぬまで戦う義務があるの! 今まで育ててやった恩を忘れたの!?」


「恩……? 給料未払いで、装備も自腹で、罵倒され続けたのが、恩ですか?」

「それは……名誉を与えてあげたじゃない!」

「名誉で飯は食えません!」


 アーサーの叫びが食堂に響く。

 その正論に、王女は一瞬怯んだが、すぐに高飛車な態度を取り戻した。


「口答えしないで! 大体、こんな魔物の巣窟にいてどうするのよ。どうせ洗脳されているんでしょう!?」

「お言葉ですが、お客様」


 そこへ、スッと割って入る影があった。

 パリッとしたスーツ(魔力生成品)を着こなした魔王ヴェルムだ。

 その所作は洗練されており、一流ホテルのコンシェルジュのようだった。


「誰よあなた! 無礼者!」

「当ダンジョンの代表、ヴェルムと申します。……姫様、店内(ダンジョン内)での大声や、従業員への強引な引き抜き行為はご遠慮いただけますか? 他のお客様のご迷惑になりますので」


「従業員……? アーサーのこと?」

「はい。彼は我が社と正式に雇用契約を結んだ、正社員です。王国の法律に照らし合わせても、職業選択の自由はあるはずですが」


 ヴェルムは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 『雇用契約書』だ。そこには、王国の労働法よりも遥かに手厚い条件が記載されている。


「月給金貨10枚……週休二日……ボーナス……?」


 王女は書面を見て、絶句した。

 王国の近衛騎士団長ですら、月給は金貨5枚だ。しかも遅配が常態化している。


「嘘よ……こんな好条件、出せるわけがない! 魔王なんて野蛮な種族に!」

「出せますよ。無駄な予算(中抜き)を削り、効率化すればね」


 ヴェルムはニッコリと笑い、王女の前に椅子を引いた。


「立ち話もなんです。少し落ち着いて話し合いましょう。……リリィ、あちらのお客様に『特製プリンアラモード』を」

「かしこまりました!」


 どんッ!

 テーブルに置かれたのは、宝石のように輝くプリンと、山盛りのフルーツ、そして生クリームの塔だった。

 甘い香り。

 王都の菓子店でも見たことのない、極上のスイーツだ。


「な、なによこれ……私を買収しようとしても無駄よ!」

「いえいえ、ただの試供品です。……お腹、鳴ってますよ?」


 グゥゥゥ……。

 王女の腹の虫が、盛大な音を立てた。

 そういえば、彼女は王城を飛び出してから、まともな食事をとっていない。王国は財政難で、王族の食事すら質素パンとスープのみになっていたのだ。


「……くっ……毒見は!?」

「私が食べます」


 アーサーが横からスプーンを伸ばし、プリンを一口食べた。とろけるような顔をする。


「……うんまぁぁぁ」

「っ……!」


 王女は震える手でスプーンを握り、プリンを口に運んだ。

 瞬間。

 カラン、とスプーンが皿に落ちた。


「……おいしい……」


 彼女の目から、涙がこぼれ落ちた。

 甘い。

 国を守らなきゃ、強くあらねばというプレッシャーで張り詰めていた神経が、糖分によって強制的に緩められていく。


「こんな……こんな幸せな味がするなんて……ずるい……」


 王女は泣きながらプリンをかきこんだ。

 その姿は、高飛車な王女ではなく、ただの疲れ切った少女だった。


 ヴェルムは静かに、悪魔の囁き(ヘッドハンティング)を開始した。


「姫様。……王国での生活、大変でしょう? 予算管理に、苦情対応に、責任の押し付け合い」

「うぅ……そうなの……お父様は全然話を聞いてくれないし……」

「もしよければ、当ダンジョンで『経営研修』を受けていきませんか? 美味しいスイーツ付きで」


 王女の手が止まった。

 彼女の瞳が揺れる。


 こうして、最強のクレーマー王女は、プリン一つで陥落……とまではいかないが、少なくとも「話を聞く姿勢テーブル」には着いたのである。

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