第7話 『業務改善』は止まらない。次はドラゴンのお悩み相談?
元勇者の採用により、ダンジョンのセキュリティ部門は劇的に改善された。
となれば、次にヴェルムが着手するのは「コスト削減」と「福利厚生の拡充」だ。
執務室で魔力通帳(家計簿)を見ていたヴェルムは、ある項目に眉をひそめた。
「……リリィ。この『最下層維持費』ってのはなんだ? 全体の三割も魔力を食っているぞ」
「あー……それはですね」
リリィが気まずそうに視線を逸らす。
「第100層にいる『古の赤竜』、イグニス様の居住区画ですね。マグマの温度調整とか、宝物庫の警備システムとかで、とにかく燃費が悪くて」
「ドラゴンか」
ファンタジーの華。最強の魔物。
だが、経営者視点で見れば、ただの「金食い虫」かもしれない。
「そのイグニスとやらは、どんな仕事をしている?」
「え? 仕事ですか? ……えっと、『寝て』ますね」
「寝てる?」
「はい。基本的には宝の山の上で眠っていて、数年に一度来るSランク冒険者をブレスで焼くのが仕事です。ここ百年くらいは侵入者がそこまで到達しないので、ずっと寝てますが」
「……つまり、ニートか?」
「言い方! 『迷宮の守護神』と呼んでください!」
高コストなニート(守護神)。
これはメスを入れる必要がある。ヴェルムは立ち上がった。
「行くぞ。人事面談(1on1)の時間だ」
第100層は、灼熱の地獄だった。
煮えたぎるマグマ。積み上げられた金銀財宝。
その中心に、小山のような巨体がうずくまっていた。
深紅の鱗に覆われた、伝説の古竜イグニス。
その鼻息だけで人間が蒸発しそうな迫力だが……。
『……んごぉ……むにゃ……』
豪快なイビキをかいて爆睡していた。
しかも、よく見ると尻尾のあたりをポリポリと掻いている。
「起きろ、イグニス」
ヴェルムが声をかけると、巨大な瞼がゆっくりと持ち上がった。
黄金の瞳が、ギロリとヴェルムを睨む。
『……何奴だ。我が眠りを妨げる、不届きな……あ? なんだ、新しいマスターか』
イグニスは大きな欠伸をすると、面倒くさそうに首を回した。
ボキボキ、と凄まじい音が鳴る。
『用がないなら帰れ。我は忙しいのだ』
「寝ていただけに見えたが?」
『貴様にはわからん。この硬い金貨の山の上で、絶妙なバランスを保って寝るのがどれほど重労働か。……あいたた、最近どうも腰が痛くてな。万年床ずれだ』
ドラゴンは「ふぅ」と溜息をついた。
覇気がない。
これがいわゆる「窓際族」の姿か。能力はあるのに、やることがなくて腐ってしまったベテラン社員の悲哀を感じる。
「イグニス。単刀直入に聞くが、今の生活は楽しいか?」
『楽しいわけあるか。百年もここに引き籠もってみろ。暇で死にそうだ』
イグニスは鼻から煙を吐いた。
『だが、我はドラゴンだ。宝を守り、威圧するのが存在意義。それ以外に何ができるというのだ』
「そうか。お前、火を吐くのは得意か?」
『愚問だな。我の炎は地獄の業火。岩をも溶かすぞ』
「その熱量、微調整はできるか? 例えば、水を42度前後に保つとか」
『……? 容易いが、そんなぬるい温度で何をする』
ヴェルムはニヤリと笑った。
適材適所。
このダンジョンに足りなかった「最後のピース」が埋まった音がした。
「イグニス。お前に新しい役職を用意する」
数日後。
ダンジョンの中層エリアに、新たな施設がオープンした。
――【大迷宮温泉・極楽の湯】。
地下水を汲み上げ、広大な岩風呂に満たされた湯。
そこからは、絶妙な湯加減の湯気が立ち上っている。
「うおぉぉぉ……生き返るぅぅ……」
一番風呂を堪能しているのは、警備部長のアーサー(元勇者)だった。
頭に手ぬぐいを乗せ、肩までお湯に浸かっている。
「いやぁ、まさかダンジョンに『スーパー銭湯』ができるなんてね。筋肉痛も一発で治るよ」
「気に入ってくれたようで何よりだ」
隣に浸かるヴェルムが頷く。
そして、岩風呂の奥。
壁に埋め込まれた巨大な「竜の頭」の彫像――に見える穴から、本物のイグニスが顔を出していた。
『む……少し湯温が下がったか。追い焚きが必要だな』
ボッ。
イグニスが口から少量の炎を吐き、循環するお湯を温める。
その表情は、真剣そのものだ。
『ふはは! 見ろ、この絶妙な温度コントロール! 41.5度! 人間族が最もリラックスできる温度だ! どうだ、我の技術は!』
「すごいぞイグニス! さすがは伝説の古竜だ、いい湯加減だ!」
『うむうむ! もっと褒めよ! ……おや、そっちのスライム、肩まで浸かれてないぞ。場所を譲ってやれ』
かつて「窓際」でふてくされていたドラゴンは、今や「温泉管理責任者(ボイラー技師)」として生き生きと働いていた。
誰かに必要とされ、感謝される喜びを知ったのだ。
「あー、極楽、極楽」
リリィも女湯の方から、ふやけた声を上げている。
さらに、この温泉システムには経営的なメリットもあった。
ドラゴンの排熱を利用した「地熱発電(魔力還元)」システムを組んだことで、ダンジョン全体のエネルギー効率が劇的に向上したのだ。
・ドラゴン:やりがいをゲット(腰痛も温泉で治った)。
・従業員:福利厚生でリフレッシュ。
・経営:黒字化達成。
まさに「三方よし」。
ホワイト・ダンジョンの改革は、盤石なものとなりつつあった。
……そう、人間界から「あの女」がやってくるまでは。




