第6話 その頃、人間界の王都では
人間界の中心、聖王国ルミナス。
その王城にある玉座の間には、今日も怒号が響き渡っていた。
「おい! アーサーからの『業務日報』はまだ届かんのか!?」
ふんぞり返る国王が、丸めた羊皮紙で手すりを叩いた。
豪奢な服を着て、贅肉に埋もれた顔を真っ赤にしている。
「は、はい……。それが、三日前から通信が途絶えておりまして……」
宰相が脂汗をかきながら報告する。
「三日だと!? あの役立たずめ! 王家から支給してやった銅の剣の恩も忘れおって! どこかでサボっているに違いない!」
「は、はぁ……。しかし、最後の通信地点は『奈落の迷宮』付近でしたので、もしや魔王に敗れて……」
「フン、死んだなら死んだで構わん。代わりの勇者など、田舎から徴兵すればいくらでも補充がきく」
国王は鼻を鳴らした。
彼にとって勇者とは、コストのかからない便利な兵器でしかなかった。
給料は成果払い(ただし難癖をつけて未払い)、装備は自前、休みはなし。
文句を言えば「愛国心が足りない」と恫喝すれば、真面目なアーサーは言うことを聞いたからだ。
「まあいい。戻ってきたら『無断欠勤の罰金』として、今回の報酬はゼロだ。……それで、今日のアポイントメントは?」
国王が欠伸をした、その時だった。
バァァァン!!
扉が乱暴に開かれ、伝令の兵士が転がり込んできた。
「へ、陛下ーーッ!! 緊急事態ですッ!!」
「騒々しい! ノックもしないで何事だ!」
「西の穀倉地帯に、ワイバーンの群れが出現しました! その数、およそ二十体!」
「ワイバーンだと?」
国王は眉をひそめた。ワイバーンはBランクの魔物だ。群れとなれば、軍隊でも手を焼く。
「……チッ、面倒な。おい宰相、アーサーに連絡しろ。現場へ急行し、殲滅させろとな。報酬は『名誉勲章(原価ゼロ)』でいい」
いつも通りの指示。
どんな無理難題も、勇者に投げれば片付いた。それがこの国の「危機管理マニュアル」のすべてだった。
だが、宰相は青ざめた顔で首を振った。
「で、ですから陛下! そのアーサーと連絡がつかないのです!」
「あ? ……そうだったな。使えん奴め。なら、近衛騎士団を行かせろ」
国王はイライラと貧乏揺すりをした。
しかし、宰相の顔色はさらに悪くなる。
「へ、陛下……お忘れですか? 先日の『財政構造改革』で、近衛騎士団の予算を9割カットし、彼らのほとんどを解雇しましたよね? 『勇者がいれば騎士など金食い虫だ』と仰って……」
「……ん?」
「現在、城に残っているのは儀仗兵(パレード要員)のみ。実戦経験のある騎士はいません」
玉座の間に、重苦しい沈黙が流れた。
「……じゃあ、魔導師団は?」
「『研究費が出ないならやってられない』と、先月ストライキに入ったままです」
「……冒険者ギルドに依頼は?」
「『あんな安月給でワイバーン退治なんて割に合わない』と、受注拒否されています」
国王の顔から、サーッと血の気が引いていった。
今までは、すべての汚れ仕事を「勇者パーティ」という一点に押し付けていた。
彼らが超人的な働きで国中のトラブルを解決していたからこそ、このブラック国家は回っていたのだ。
その「要」が抜けた今、何が起きるか。
崩壊は、ドミノ倒しのように始まった。
「へ、陛下! さらに伝令! 北の鉱山にオークキングが出現!」
「南の港町より入電! クラーケンが商船を襲っています!」
「東の街道で盗賊団が蜂起! 『勇者がいない今がチャンスだ』と……!」
次々と舞い込む凶報。
王都の電話(通信魔道具)が鳴り止まない。
「ええい、うるさい! どうなっているんだ! なぜ急にこんなに問題が起きる!」
「急にではありません! 今まで勇者一行が、これらをすべて未然に防いでいたんです! 彼らがいなくなったから、抑え込んでいた問題が一度に噴出したのです!」
宰相が悲鳴のように叫んだ。
国王はガタガタと震え出した。
「な、なんとかしろ! アーサーを呼び戻せ! あいつはどこだ!? 『給料を倍……いや、1.2倍にしてやる』と言えば戻ってくるはずだ!」
その頃。
はるか遠く、奈落の迷宮の社員食堂にて。
元勇者アーサーは、オークの料理長が作った特製オムライスを頬張っていた。
「んん~っ! うまいっ! 卵がトロトロだ!」
「おかわりもあるぞ、警備部長!」
「いいのかい? じゃあ、大盛りで頼む!」
幸せそうな笑顔のアーサー。
その背後で、彼のポケットに入っていた通信機(王家直通)がブブブブと震えていたが……。
彼は気づかない。
いや、気づいていても、もう出るつもりはなかった。
だって今は、「勤務時間外」なのだから。




