第28話 そして世界はホワイトに染まる
神獣討伐戦から、3年の月日が流れた。
大陸の中央に位置する「奈落の迷宮」周辺は、今や世界地図で最も輝く場所となっていた。
その名も、『魔導リゾート都市・ヴェルム』。
「プシューッ!」
白煙を上げて、最新鋭の魔導列車がプラットホームに滑り込む。
降りてきたのは、武装した冒険者……ではなく、カメラを手にした観光客たちだ。
「ここが噂のダンジョン都市か!」
「パパ! 早く『ドラゴンの温泉』に行こうよ!」
「ママは『聖女印のスイーツ店』に行きたいわ!」
かつて死地と呼ばれた場所は、今や世界中から人々が訪れる「夢の国」へと変貌していた。
◇◇◇
都市の中心にある、魔王城(現在は本社ビルと呼ばれる)。
その中庭にある託児所から、元気な声が聞こえてくる。
「こらー! レオ! 尻尾を引っ張らないの!」
慌てて駆け寄るのは、エプロン姿の青年――元勇者アーサーだ。
彼が抱き上げたのは、小さな男の子。そして、その横にはスライムの子供や、ゴブリンの赤ちゃんたちが一緒に遊んでいる。
「まったく、誰に似たんだか。わんぱく過ぎるぞ」
「あら、あなたの小さい頃にそっくりだって、お義母様が言っていたわよ?」
クスクスと笑いながら現れたのは、白衣を着たアリアだ。
その薬指には、銀色の指輪が輝いている。
「今日は早いのね、アリア」
「ええ。今日は『ノー残業デー』だもの。レオのお迎えはパパの担当だけど、早く会いたくなっちゃって」
アリアは愛おしそうに息子のレオと、夫のアーサーにキスをした。
二人はあの大戦の後、結ばれた。
アーサーは現在、警備部長の職を一時離れ、魔王軍初となる「育児休暇(パパ育休)」を取得中だ。
「ふふっ。アルファ先生もお疲れ様です」
「はい。……本日のレオ君の『お昼寝ミッション』は、2時間でコンプリートしました」
保母さんのエプロンをした元・人造聖女のアルファが、真面目な顔で報告する。
彼女たち人造聖女も、今では感情を取り戻し、それぞれの適性に合わせて社会で働いている。アルファは子供好きな一面が開花し、人気保育士になっていた。
「平和だなぁ……」
アーサーは青空を見上げた。
魔物を倒す旅をしていた頃には、想像もできなかった未来がここにある。
◇◇◇
一方、最上階の社長室。
そこは、戦場とは別の意味で修羅場だった。
「社長! 東の島国から『働き方改革』の講演依頼が来ています!」
「西の獣人国からは、『温泉掘削技術』の供与要請です!」
「あと、引退した法皇国の元法皇と、聖王国の前国王が、『ゲートボール大会のスポンサーになってくれ』と……」
「ええい、ストップ! ストップだ!」
書類の山に埋もれたヴェルムが悲鳴を上げた。
秘書のリリィが、冷たいお茶を差し出しながら苦笑する。
「人気者は辛いですね、マスター。……あ、今は『世界経済連盟・名誉理事長』でしたっけ?」
「勘弁してくれ。俺はただ、スローライフを送りたいだけなのに……」
ヴェルムは机に突っ伏した。
世界を救ってしまった結果、彼の経営手腕(魔王流ホワイト術)に世界中が注目し、ひっきりなしに仕事が舞い込んでくるのだ。
「でも、マスター。……嫌そうじゃありませんね?」
「……ん?」
「昔の『社畜』時代とは、顔つきが違いますよ」
リリィに言われ、ヴェルムは窓ガラスに映る自分の顔を見た。
忙しい。確かに忙しい。
だが、その目には生気があり、肌には艶がある。
「やらされている仕事」ではない。「誰かの役に立ち、感謝され、対価を得る仕事」をしている充実感が、そこにはあった。
「……まぁな。今は、自分で決めて、自分で休めるからな」
ヴェルムは立ち上がり、背伸びをした。
「よし、今日の業務はここまで! 定時だ!」
「お疲れ様です。……この後は?」
「ガレリアの皇帝が来てるんだ。『新作のサウナハットを見せびらかしたい』とかで、サウナで待ち合わせだ」
ヴェルムはジャケットを羽織り、リリィに向かってニカっと笑った。
「リリィも早く帰れよ。……これは『業務命令』だ」
「ふふっ。はい、社長!」
◇◇◇
夕暮れの街。
魔導街灯が灯り始め、仕事帰りの人々が家路につく。
あるいは、酒場へ繰り出し、仲間と今日一日の労をねぎらう。
人間も、魔物も、かつての敵も味方も関係なく。
ただ、「今日を生き、明日を楽しみにする」当たり前の幸せが、そこにはあった。
ヴェルムは、そんな街並みを眺めながら、独りごちた。
「ブラック企業で死んだ俺が、異世界でホワイト企業を作るなんてな」
人生は分からないものだ。
でも、一つだけ確かなことがある。
――仕事は、人生を豊かにするための手段であり、人生そのものではない。
「さて、と」
ヴェルムは大きく息を吸い込んだ。
カレーの匂い、笑い声、そして夜風の香り。
「風呂入って、ビール飲んで、寝るとするか!」
元社畜の魔王は、軽い足取りで歩き出した。
彼が作り上げた、世界一優しくて、世界一働きやすい、最高の「居場所」の中を。
彼のスローライフは、忙しくも愛おしい日々として、これからも続いていくのだ。
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