第27話 神殺しの福利厚生(退職金)
『ウオオオオオオオオオオオッ!!』
神獣ラグナロクの咆哮が、悲鳴のように変質していた。
人造聖女たちの反乱、帝国軍の砲撃、そして魔王軍の結界。
予想外の抵抗に、コックピット(祭壇)にいる法皇の精神は限界を迎えていた。
「なぜだ……なぜだなぜだなぜだぁぁぁッ!!」
法皇は血走った目で叫んだ。
彼は理解できなかった。恐怖で支配し、休みなく働かせ、限界まで搾り取ったほうが効率がいいはずだ。
なのに、なぜ「甘やかされた」奴らが、こんなにも強いのか。
「認めん……! ワシのやり方が間違っているはずがない! この国はワシが作ったのだ! ワシこそが法であり、神なのだ!」
ブチリ。
法皇の中で、理性の糸が切れた。
「融合! 神よ、ワシの全てを捧げる! この肉体も、魂も、全てを燃料とせよ!」
ズズズズズ……!
法皇の体がドロドロに溶け出し、神獣の制御核へと吸い込まれていく。
それは、経営者が会社と心中する、最も愚かな選択だった。
『我ガ……神ナリ……! 全テヲ……無ニ……!』
神獣の全身から漆黒の触手が噴き出し、周囲の瓦礫や、逃げ遅れた神官たちを無差別に飲み込み始めた。
制御不能の暴走怪物。
もはや言葉も通じない。
◇◇◇
「……哀れなもんだな」
その光景を、ヴェルムは冷ややかに見上げた。
彼は転移魔法で神獣の頭上に降り立つと、隣に立つアーサーに声をかけた。
「アーサー。あれが『ブラック企業の末路』だ。組織にしがみつき、同化し、周りを巻き込んで自滅する」
「……ああ。俺も一歩間違えば、あっち側(過労死)だったかもしれない」
アーサーは聖剣を構えた。
その剣身は、かつてないほど澄んだ黄金の輝きを放っている。
「でも、今の俺は違う。……昨日は8時間寝た! 朝飯も食った! 有給の残数も確認済みだ!」
カッ!
アーサーの全身から、凄まじい闘気が噴き上がった。
それは悲壮な決意ではない。充実した心技体が噛み合った、万全の状態のみが持つ輝きだ。
「行くぞ、元・雇い主(社長)! アンタに引導を渡してやる!」
『オオオオオオオッ!!』
神獣化した法皇が、無数の触手を突き出してくる。
だが、アーサーは速かった。
「遅いッ!」
ヒュンッ!
一閃。触手がバターのように切り裂かれる。
疲労のない体は羽のように軽く、研ぎ澄まされた集中力は敵の動きをスローモーションに捉える。
「これが『定時退社』の威力だぁぁぁッ!!」
アーサーは触手の嵐をかいくぐり、神獣の懐へと飛び込んだ。
『小賢シイ……! 消エロォォォ!』
神獣の胸部が開き、極大の破壊光線が放たれようとする。
ゼロ距離射撃。回避不可能。
「終わりだ、勇者ァァァ!」
法皇の勝ち誇った声が響く。
だが、ヴェルムは一歩前に出た。
「……終わるのはお前のほうだ、法皇」
ヴェルムは指をパチンと鳴らした。
「システム権限行使。……『強制シャットダウン』」
瞬間。
神獣の動きがピタリと止まった。
光線のチャージが霧散し、赤い警告灯が明滅する。
『ナ、ナニ……!? 体が……動カヌ……!?』
「忘れたか? 神獣のエネルギー源は『民衆のマナ』だ」
ヴェルムは地上を指差した。
そこには、人造聖女たちに守られながら、空を見上げる法皇国の市民たちの姿があった。
彼らはもう、祈ってはいなかった。
自分たちを犠牲にする神に、祈るのをやめたのだ。
「民衆(株主)がお前を見限ったんだよ。エネルギー供給、ゼロだ」
「バ、馬鹿ナァァァァ! ワシハ神ダゾォォォ!」
「いいや。お前はただの『裸の王様』だ」
ヴェルムはアーサーに合図を送った。
「やれ、アーサー! あいつにたっぷりと『退職金(一撃)』を払ってやれ!」
「了解だ、社長!」
アーサーは空高く跳躍した。
聖剣が、太陽のように輝く。
「聖剣技……ッ!」
彼が込めたのは、憎しみでも怒りでもない。
ただ、明日を生きるための希望。
「【ホワイト・ブレイバー(光輝なる明日)】ッ!!!」
ズバァァァァァァァン!!
黄金の斬撃が、神獣の核を真っ二つに両断した。
『ギ、ギャアアアアアアアアアアアッ!!!』
断末魔と共に、神獣の巨体が光の粒子となって崩壊していく。
黒い泥のような法皇の怨念も、聖なる光に焼かれ、空へと霧散していった。
「会社会社とうるさいんだよ……」
着地したアーサーは、剣を鞘に納め、ふぅと息を吐いた。
「俺たちは、生きるために働いてるんだ。働くために生きてるんじゃねぇ」
◇◇◇
崩れ去る神獣の中から、一人の老人が放り出された。
魔力を失い、しわくちゃになった法皇だ。
彼は瓦礫の上に転がり、震える手で空を掴もうとしていた。
「わ、ワシの……国が……」
ヴェルムが近づき、彼を見下ろした。
「終わりだ、法皇。お前の会社(国)は倒産した」
「……魔王……貴様……」
「安心しろ。命までは取らん」
ヴェルムは、一枚の羊皮紙を法皇の前に放り投げた。
それは、魔王軍傘下の『特別矯正施設(老人ホーム)』への入居案内だった。
「残りの人生は、そこで静かに罪を償え。……三食昼寝付きだ。感謝しろよ?」
法皇は何かを言いかけたが、そのまま力尽き、気絶した。
その顔には、憑き物が落ちたような安堵の色が浮かんでいた。
◇◇◇
戦いが終わった。
空を覆っていた黒い雲が晴れ、朝日が差し込んでくる。
「終わったな……」
「ええ。長かったです」
ヴェルムの隣に、ボロボロになったアリアとリリィ、そしてジークたちが集まってくる。
みんな、泥だらけで、傷だらけだ。
だが、その顔は笑っていた。
「社長ー! お腹空きましたー!」
「温泉! 温泉入りたいです!」
「今日は特別休暇ですよね!? ボーナス出ますよね!?」
口々に叫ぶ社員たちに、ヴェルムは苦笑しながら、高らかに宣言した。
「ああ、もちろん! 全員、特別ボーナス支給だ! 今日は魔王城で『打ち上げ』だぞ!」
「「「うおおおおおおっ!!」」」
歓声が上がる。
こうして、世界を揺るがした大戦は、魔王軍の完全勝利(ホワイト化)で幕を閉じたのである。




