第25話 法皇の狂気、起動する神の獣
神聖法皇国セレスティア、大聖堂の最奥。
ステンドグラスから差し込む光が、豪奢な法衣をまとった老人の歪んだ顔を照らし出していた。
「……全滅、だと?」
法皇は、震える手で報告書を握りつぶした。
「最高傑作であったはずの人造聖女部隊が、一兵も損なわせずに捕獲された? しかも、魔王軍が彼女らを『保護』して『再教育』しているだと!?」
報告に来た神官が、床に額を擦り付けて震えている。
「は、はい……。魔王軍は『労働基準法違反だ』などとわけのわからない声明を発表し、帝国と共同でこちらへ進軍の構えを見せております……」
「おのれ……おのれ魔王めぇぇぇッ!!」
ガシャァァァン!!
法皇は祭壇の上の聖具を薙ぎ払った。
彼のプライドはズタズタだった。
神の代理人である自分が、泥にまみれた魔物風情に「経営」で負けたなど、認めるわけにはいかない。
「ええい、もうよい! 役立たずの人形も、弱腰の信徒どもも、もう知らん!」
法皇は狂気を孕んだ目で、床に描かれた巨大な紋章を見下ろした。
それは、聖教のシンボルマーク……ではなく、古代文明の封印指定区域を示す警告マークだった。
「猊下……? まさか、アレを使うおつもりですか? あれは制御不能の……」
「黙れ! この国はワシのものだ! 会社が潰れようが、ワシが勝てばそれでいいのだ!」
法皇は杖を振り上げ、禁忌の呪文を詠唱し始めた。
「いでよ、神の御使い! 愚かな民草と魔王を焼き払え! ――『神獣ラグナロク』起動!!」
◇◇◇
ズズズズズズ……ッ!!
法皇国の首都、聖都セレスティア全土が激しく揺れた。
市民たちは悲鳴を上げ、広場に集まっていた。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「見ろ! 大聖堂が……割れるぞ!」
バキィィィン!!
美しい白亜の大聖堂が、内側から食い破られるように崩壊した。
舞い上がる瓦礫と土煙の中から、それはゆっくりと姿を現した。
全長数百メートル。
輝く白銀の金属質の装甲に覆われた、多頭の竜のような姿。
背中には天使のような光の翼が生えているが、その顔には慈愛など欠片もなく、ただ「破壊」のみを目的とした無機質な複眼が輝いていた。
古代生体兵器、神獣ラグナロク。
かつて世界を一度滅ぼしかけた、制御不能の殺戮システムだ。
『オオオオオオオオオオオオオッ!!』
神獣の咆哮が、衝撃波となって都を襲った。
ガラスが割れ、建物が倒壊する。
「うわぁぁぁ! 神様がお怒りだ!」
「助けてくれぇぇ!」
逃げ惑う市民たちを見て、崩れ残ったバルコニーに立つ法皇は高笑いした。
「ハハハハ! 素晴らしい! これぞ神の力! 見ろ、この圧倒的な出力を!」
「猊下! おやめください! 市民が巻き込まれています!」
「構わん! エネルギー充填のために、信徒(社員)のライフを吸い上げろ! どうせ代わりはいくらでもいる!」
法皇が杖を振るうと、都市を覆う結界が反転し、市民たちから生体エネルギー(マナ)を強制的に徴収し始めた。
それはまさに、社員の命を削って利益(出力)に変える、ブラック企業の究極形だった。
◇◇◇
一方、国境付近の魔王軍陣地。
ピピピピピピッ!!
指令室のモニターが真っ赤に染まり、けたたましいアラートが鳴り響いた。
「マ、マスター! 法皇国首都にて、計測不能の高エネルギー反応!」
リリィが悲鳴を上げる。
「この波長……生物ではありません! 古代の『惑星浄化システム』と同等の反応です!」
モニターに映し出された神獣の姿を見て、ヴェルムは顔をしかめた。
「……あいつ、やりやがったな」
「社長、あれは一体……?」
隣に立つアリアが震えている。彼女ですら見たことのない、禍々しい光だ。
「あれは神獣なんかじゃない。旧文明が残した『暴走した失敗作(負の遺産)』だ」
ヴェルムは即座に決断を下した。
「総員に通達! これより『対・世界災害シフト』に移行する!」
彼の声に、魔王軍の幹部たち――アーサー、アリア、ジーク、そして通信機越しの皇帝ヴォルダールが耳を傾ける。
「目標は、法皇国の首都に出現した『神獣ラグナロク』。……放置すれば、大陸ごと消し飛ばされるぞ」
『フン、上等だ』
通信機から皇帝の声が響く。
『我が帝国の全軍をもって、そのトカゲの首をへし折ってくれる』
「ああ。だが、正面からの火力勝負では分が悪い。……そこでだ」
ヴェルムはニヤリと笑った。
絶望的な状況だというのに、彼の目は楽しそうですらあった。
「ウチには『最強の勇者』と『天才聖女』、そして『技術オタクたち』がいる。……それに、とっておきの『最終兵器(福利厚生)』があるからな」
「最終兵器……?」
「ああ。暴走したブラック上司(神獣)を止めるには、何が必要だと思う?」
ヴェルムは拳を突き上げた。
「『労働組合』による、徹底的なストライキ(実力行使)だ!!」
世界を守るための、最後の戦いが幕を開ける。
それは、剣と魔法、そして「ホワイトな絆」が、「ブラックな狂気」に挑む戦いだった。




