第22話 魔王軍の新入社員歓迎会
その夜。ダンジョンの大食堂は、いつにも増して熱気に包まれていた。
天井には魔法の照明が煌々と輝き、テーブルには山盛りの料理と、樽ごとの酒が並べられている。
「えー、それでは」
上座に立ったヴェルムが、ジョッキを片手に挨拶を始めた。
「我が社(魔王軍)に新しい仲間が加わった。元・聖女であり、今日から『産業医』として働いてくれる、アリア先生だ。……乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
ドワーフ、オーク、人間、アンデッド。種族を超えた唱和が響き渡り、宴が始まった。
「よっ、新人さん! これ食いな、猪の丸焼きだ!」
「アリア先生、あとで私の肩こり診てくださいよ~」
次々と話しかけてくる魔物たちに、主賓席のアリアはカチコチに緊張していた。
「は、はいっ! ありがとうございます! ……あの、お酒は教義で禁止されていて……」
「まぁまぁ、固いこと言いなさんなって! ここは法皇国じゃないんだ。ほら、この『ダンジョン特製・完熟フルーツワイン』、ジュースみたいで美味いぞ?」
陽気なサキュバスのお姉さんに勧められ、アリアは恐る恐るグラスに口をつけた。
「……ん、甘い……おいしい……」
口当たりは極上のブドウジュース。しかし、そのアルコール度数はドワーフも唸るほど高かった。
――10分後。
「うふふ……あははは……」
アリアの顔が、茹でダコのように真っ赤に染まっていた。
視点が定まらず、ふらふらと揺れている。
「おーい、アリア? 大丈夫か?」
隣の席のアーサーが心配そうに覗き込む。
その瞬間。
ダンッ!!
アリアが空のジョッキをテーブルに叩きつけた。
食堂が一瞬で静まり返る。
「……きいて……」
「ん?」
「私の話を……ききなさぁぁぁぁいッ!!」
聖女が、吠えた。
「なんなのよもー! あいつら信じらんない! 法皇のクソジジイ! 何が『清貧』よ! 自分はブクブク太ってるくせにぃぃぃ!」
「ぶふっ!」
「せ、聖女様が『クソジジイ』って言ったぞ!?」
ヴェルムが吹き出し、魔物たちがざわめく。
だが、アリアの暴走は止まらない。長年蓄積されたストレスのダムが決壊したのだ。
「朝四時起きって何!? 新聞配達より早いわよ! しかも朝ごはんは固いパン一個! 育ち盛りになんてことすんのよバカァ!」
彼女は近くにいたヴェルムのローブを掴み、涙目で訴えかけた。
「ねぇ社長ぉぉぉ! 聞いてくださいよぉぉ! 私、オシャレもしたかったの! 可愛い服着て、街でクレープとか食べたかったの! なのに来る日も来る日も白い修道服! これじゃお嫁に行けないじゃないですかぁぁぁ!」
「う、うん。わかった、わかったから泣くな」
ヴェルムは苦笑しながら、暴れる聖女の背中をさすった。
普段は清楚で物静かな彼女の、あまりの豹変ぶり。
だが、誰も彼女を笑わなかった。
ここにいる魔物たちも、かつては「魔王軍」というブラック企業で使い潰されかけた同志だからだ。
「わかるぜぇ、アリアちゃん! 上司ってのはどいつもこいつも勝手だよなぁ!」
「飲め飲め! 今日は無礼講だ!」
オークが共感の涙を流し、ドワーフが追加の酒を持ってきた。
「うぐっ、ひぐっ……みんな……優しい……」
アリアは泣きながら酒を煽った。
「私ぃ……ここに来てよかったぁ……。ご飯おいしいしぃ……布団ふかふかだしぃ……アーサー様はイケメンになってるしぃ……」
「えっ、俺!?」
飛び火したアーサーが顔を赤くする。
リリィがニヤニヤしながら、その様子を録画魔法で記録していた。
「んへへ……社長ぉ……一生ついていきますからねぇ……zzz」
言いたいことだけ言って、アリアはヴェルムの膝に頭を乗せ、幸せそうな寝息を立て始めた。
「……やれやれ」
ヴェルムは、膝の上の無防備な寝顔を見て、優しく微笑んだ。
「これでようやく、本当の意味でウチの社員になれたみたいだな」
宴は深夜まで続いた。
それは、傷ついた聖女が、人間らしさを取り戻した夜だった。
◇◇◇
翌朝。
「い、生き恥を……! もうお嫁に行けない……!」
二日酔いのガンガンする頭を抱え、ベッドの上で悶絶するアリアの姿があった。
昨夜の記憶は断片的だが、とんでもない醜態を晒したことだけは覚えている。
(クビだわ……絶対クビよ……)
絶望しながら食堂に行くと、そこにはいつも通りのヴェルムたちがいた。
「おはよう、ドクター。頭痛薬、いるか?」
「あ、あの、社長! 昨日は大変申し訳ありませんでした! あんな……あんなことを……!」
土下座せんばかりの勢いで謝罪するアリアに、ヴェルムはきょとんとした顔で言った。
「ん? ああ、昨日の『法皇のモノマネ』、面白かったぞ。今度またやってくれ」
「えっ」
「ウチは『アットホームな職場』だからな。酒の席の失敗くらい、誰も気にしちゃいないさ」
周りの魔物たちも、ニコニコと手を振ってくれる。
「あ……」
アリアの目から、また涙がこぼれた。
本当に、ここは温かい場所なのだ。
「……はいっ! 今日も一日、頑張ります!」
アリアの元気な声が、食堂に響き渡った。




