第21話 法皇国からの『解雇通知』、あるいは異端認定
病室の空気が、凍りついていた。
アリアの目の前に展開された魔法映像。そこに映っているのは、神聖法皇国の最高権力者、法皇その人だった。
『――アリアよ。失望したぞ』
ノイズ混じりの映像の向こうで、豪華な法衣を纏った老人が冷たく告げた。
『魔王討伐に向かってから一週間。何の報告もないばかりか、魔王城で「寝食を忘れて戦っている」気配もない。……貴様、まさか敵に寝返ったのではあるまいな?』
「ち、違います法皇猊下! 私は……私は力及ばず、捕らえられて……」
アリアは必死に弁明しようとした。
だが、法皇は聞く耳を持たなかった。
『言い訳など聞きたくない。……まあよい。貴様のような「出来損ない」には、最初から期待していなかった』
法皇は、ゴミを見るような目でアリアを見下ろした。
『ちょうど、研究所で培養していた「人造聖女」の調整が完了した。感情を持たず、命令に忠実で、24時間稼働できる、完璧な聖女だ』
「え……?」
『よって、貴様は用済みだ。本日をもって聖女の称号を剥奪し、国籍を抹消する。……二度と神の国へ戻ってくるな、汚らわしい』
ブツン。
一方的に通信が切られた。
アリアは、何も映らなくなった空中の空間を、呆然と見つめていた。
「……用済み……?」
彼女の人生の全てだった。
幼い頃から親元を離され、厳しい修行に耐え、ただ神のために祈り続けてきた日々。
それが、たった一言で否定された。
「私は……いらない子……?」
アリアは膝を抱えた。
涙すら出なかった。心が、粉々に砕け散っていたからだ。
国を追い出された。帰る家もない。お金もない。
この魔王城を出されたら、野垂れ死ぬしかない。
「……死のうかな」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
生きる意味がないのなら、いっそ――。
「死なせるかよ。治療費、まだ回収してないぞ」
ガラリとドアが開いた。
入ってきたのは、カルテを持った魔王ヴェルムだった。
彼は最初から通信を聞いていたのだろう。その表情は険しいが、アリアに向けられたものではない。
「魔王……様……」
「聞いたぞ。ひどい元上司だな。退職金もなしか」
「……殺してください。私はもう、聖女でもなんでもない、ただの役立たずです」
アリアは力なく笑った。
だが、ヴェルムはため息をつき、彼女の前に一枚の羊皮紙を叩きつけた。
バンッ!
「な、なんですか……?」
「『再就職』の案内だ」
ヴェルムはポケットからペンを取り出し、アリアの目の前でクルクルと回した。
「アリア。君をスカウトしに来た」
「スカウト……? 私を? 捕虜としてですか?」
「違う。『産業医』としてだ」
聞き慣れない言葉に、アリアは首を傾げた。
「産業医……?」
「そうだ。我が軍は規模が拡大しすぎて、従業員の健康管理が追いついていない。ゴブリンの腰痛、スケルトンの骨粗鬆症、ドラゴンの火傷……専門知識を持つヒーラーが必要なんだ」
ヴェルムは真剣な眼差しでアリアを見つめた。
「君の『聖女』としての自己犠牲精神はいらない。だが、君が培ってきた『治癒魔法』の技術は、世界最高峰だ。それを腐らせるのは、世界の損失だ」
アリアの心臓が、トクンと跳ねた。
技術。
法皇国では「祈りの奇跡」としか扱われなかった自分の魔法を、この魔王は「技術」として評価してくれた。
「給料は弾む。週休二日制。残業は原則禁止。……そして何より」
ヴェルムは、少しだけ照れくさそうに言った。
「うちの連中、君のことが気に入ったみたいだぞ。さっきもオークのおばちゃんが『あの細い娘にスープ作ってやりたい』ってうるさくてな」
アリアは窓の外を見た。
中庭で、あのスケルトンが手を振っているのが見えた。
その後ろで、アーサーがサムズアップしている。
「私……ここにいても、いいんですか?」
「いてくれ。君が必要だ」
必要だ。
その言葉が、空っぽだったアリアの心を埋めていく。
神のためでも、国のためでもない。
ただ、一人の人間として、必要とされた。
「……うぅ……ッ」
アリアは羊皮紙を抱きしめ、子供のように泣きじゃくった。
今度は、悲しみの涙ではない。
再生の涙だった。
「……よろしくお願いします……社長……!」
「ああ。歓迎するよ、ドクター・アリア」
アリアは震える手でサインをした。
その瞬間、彼女は「悲劇の聖女」を卒業し、魔王軍専属の「敏腕産業医」として生まれ変わった。
なお、彼女が魔王軍の健康診断で「全員健康!」のハンコを押す日は、まだ少し先の話である。
まずは彼女自身が、心身ともに健康にならなければならないのだから。




