表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元社畜、ダンジョンマスターになる。 ~残業ゼロ・福利厚生完備の魔王軍を作ったら、人間界の勇者まで転職してきました~  作者: 綾瀬蒼
第2章「国家再建コンサルティング編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/28

第20話 聖女、魔物たちの優しさに触れて価値観が崩壊する

 入院から三日目。

 アリアはヴェルムの許可を得て、リハビリのために病室の外へ出ることを許された。


「……信じられません」


 杖をつきながら廊下を歩くアリアは、周囲の光景に目を白黒させていた。


 すれ違うのは、タオルを首にかけたオークや、書類ファイルを抱えたゴブリンたち。

 彼らは人間であるアリアを見ても襲いかかってこない。それどころか――。


「おっ、患者さんかい? 足元、滑りやすいから気をつけてな」

「おはようございます!」


 挨拶をしてくるのだ。

 爽やかに。礼儀正しく。


「な、なぜ……?」


 アリアは混乱していた。

 教典にはこう記されている。『魔物は魂なき泥人形であり、人間を憎み、殺すことしか考えない絶対悪である』と。

 だが、目の前の彼らはどう見ても「善良な市民」だった。


(騙されてはいけません。これは魔王が見せている幻覚、あるいは高度な演技です……!)


 アリアは必死に信仰心を保とうとした。

 そんな彼女の足が、中庭に差し掛かったところで止まった。


 そこに、「死」そのものが立っていたからだ。


「ヒッ……!」


 アリアは息を飲んだ。

 花壇の前に佇む、身の丈2メートルを超える巨大な骸骨。

 豪奢な鎧を纏い、腰には凶悪な大剣を帯びている。

 Sランクモンスター『スケルトン・ジェネラル(将軍級骸骨)』だ。


 本来なら、一国を滅ぼしかねない災厄の化身。

 その骸骨が、ゆっくりと屈み込んだ。

 その足元には、人間の幼い少女が尻餅をついて泣いていた。


(――食べる気だわ!)


 アリアの脳裏に警報が鳴り響く。

 アンデッドは生者の命を憎む。ましてや、血の匂いのする無防備な子供など、格好の餌食だ。


「や、やめなさいッ!」


 アリアは叫んだ。

 まだ魔力は戻っていない。杖を構えても震えるばかりだ。それでも、子供を守らなければという使命感が体を動かした。


「その子から離れなさい! 汚らわしいアンデッドよ!」


 アリアの叫びに、スケルトンがギギギ……と首を回してこちらを見た。

 眼窩の奥で、赤い光が怪しく明滅する。


『……ム?』


 スケルトンは、骨だけの腕を少女へと伸ばし――。


 ――ポン、ポン。


 少女の頭を、優しく撫でた。


「……え?」


 アリアは硬直した。

 スケルトンは懐(肋骨の隙間)から、可愛らしいキャンディを取り出し、少女に手渡した。


『泣クナ、小サキ者ヨ。……痛イノ、痛イノ、飛ンデユケ』


 重厚な、地獄の底から響くようなバリトンボイスで、極めてファンシーな言葉を紡いだ。

 少女は泣き止み、キャンディを受け取って笑顔になる。


「ありがとう、ホネのおじちゃん!」

『ウム。……走ル時ハ、前ヲ見ルノダゾ』


 少女はトテトテと親の元へ走っていった。

 スケルトンはそれを見送ると、再び花壇に向き直り、ジョウロで丁寧に水をやり始めた。


「な……な、な……」


 アリアの理解が追いつかない。

 彼女はフラフラとスケルトンに近づいた。


「あ、貴方は……人間を憎んでいないのですか……?」

『憎ム? ナゼ?』


 スケルトンは不思議そうにジョウロを置いた。


『我ハ今、コノ花壇ノ「管理責任者」ヲ任サレテイル。花ヲ愛デ、時ニハ子供ト遊ブ。……コノ穏ヤカナ日々ヲ、愛シテイル』


「で、でも、貴方はアンデッドで……教会の敵で……!」


『昔ハ、ソウダッタカモシレヌ』


 スケルトンは遠くを見るように空を見上げた。


『前ノ職場マオウグンデハ、我ハ殺戮兵器トシテ扱ワレタ。毎日戦イ、傷ツキ、骨ガ砕ケテモ修復サレテマタ戦場ヘ送ラレタ。……辛カッタ。痛カッタ。死ンデイルノニ、死ニタイト思ッタ』


 その言葉は、アリアの胸に突き刺さった。

 それはまさに、聖女としてのアリア自身の境遇と同じだったからだ。


『ダガ、今ノマスターハ違ウ。我ニ「園芸」トイウ趣味スキルヲ見出シテクレタ。……嬢チャン、見テクレ』


 スケルトンは、一輪の花を指差した。

 太陽の光を浴びて、力強く咲く白い花だ。


『綺麗ダロウ? コレヲ見テイル時、我ノ心ハ満タサレルノダ』


 骸骨の顔に表情はない。

 だが、アリアにはハッキリと分かった。彼が今、慈愛に満ちた優しい顔をして笑っていることが。


「あ……ぅ……」


 カラン、とアリアの手から杖が滑り落ちた。


 教会の教えは嘘だった。

 魔物は心なき怪物ではなかった。

 彼らもまた、過酷な労働環境に苦しみ、そして今、ここで救われた「労働者」たちだったのだ。


「私は……私は今まで、何を浄化しようとしていたの……?」


 アリアはその場に崩れ落ちた。

 彼女の目から、とめどなく涙が溢れる。

 それは恐怖の涙ではない。自分の信じてきた正義が崩れ去った喪失感と、そして――彼らが幸せそうで良かったという、安堵の涙だった。


『……嬢チャンモ、泣クナ』


 ゴツゴツとした骨の手が、アリアの頭に置かれた。

 冷たいはずのその手は、なぜかとても温かかった。


『辛イ時ハ、休メバ良イ。ココハ、ソウイウ場所ダカラナ』


 その日、聖女アリアの中で、何かが完全に壊れ、そして新しく生まれ変わった。

 彼女は魔物の優しさに触れ、初めて教会の呪縛から解き放たれたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ