表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元社畜、ダンジョンマスターになる。 ~残業ゼロ・福利厚生完備の魔王軍を作ったら、人間界の勇者まで転職してきました~  作者: 綾瀬蒼
第2章「国家再建コンサルティング編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/28

第18話 聖女、魔王城の前で力尽きる

 「はぁ……はぁ……」


 聖女アリアは、霞む視界で巨大な扉を睨みつけた。

 魔王の居城、奈落の迷宮。

 その威圧感だけで、今の彼女には重荷だった。


「出てきなさい……魔王……!」


 アリアは杖を構えた。

 指先が白くなるほど強く握りしめる。


「神の名において……不浄なる貴方を……じょ、浄化……」


 彼女は最後の魔力を振り絞り、聖なる光を放とうとした。

 だが。


 グゥゥゥゥ……キュルルル……。


 盛大な腹の虫が、詠唱を遮った。

 同時に、極度の低血糖によるめまいが彼女を襲う。

 世界がぐるりと回った。


(な、なんですって……? 魔王の……精神攻撃……!?)


 アリアの思考は、最後まで聖女(社畜)的だった。

 自分の体調管理不足ではなく、敵の卑劣な罠だと思い込んだまま、彼女の意識はプツリと途絶えた。


 バタリ。

 地面に倒れ込む寸前、ふわりと何かに受け止められた感触があったが、彼女は知る由もなかった。


 ◇◇◇


 ピッ、ピッ、ピッ。

 規則正しい電子音が聞こえる。

 消毒液と、甘い果実の香りが鼻をくすぐった。


(……ここは?)


 アリアは重いまぶたを開けた。

 目に飛び込んできたのは、シミひとつない真っ白な天井だった。

 体は羽毛のように柔らかいベッドに沈み込んでおり、掛布団は絹のように滑らかだ。


(あぁ……私は、死んだのですね……)


 彼女はぼんやりと悟った。

 魔王との戦いに敗れ、殉職したのだ。ここはきっと天国に違いない。

 でなければ、こんなに体が軽いはずがない。節々の痛みも、慢性的な頭痛も消えている。


「気がついたか、アリア」


 横から、懐かしい声がした。

 アリアはゆっくりと首を巡らせた。


 そこにいたのは、丸椅子に座り、器用な手つきでリンゴの皮を剥いている青年――勇者アーサーだった。


「ア、アーサー様……!」


 アリアの瞳から涙が溢れた。


「貴方も……貴方も死んでしまっていたのですね……! 私が遅かったばかりに……!」

「ん? 何を言ってるんだ?」

「見てください、その肌のツヤ! 生きている人間とは思えないほど健康的です! それに、そんな上等な服を着て……天国で安らかに暮らしていたのですね……」


 かつてのアーサーは、アリアと同じく目の下にクマを作り、頬がこけていた。

 だが今の彼は、筋肉が程よくつき、肌は血色良く輝き、表情は穏やかそのものだ。

 これが「成仏」した姿でなくて何だと言うのか。


「縁起でもないことを言うな。俺はピンピンしてるぞ」


 アーサーは苦笑しながら、ウサギの形に切ったリンゴを差し出した。


「ほら、食え。糖度15度の『ダンジョン特産・蜜リンゴ』だ」

「あ……あぁ……」


 アリアは震える手でリンゴを受け取り、口に運んだ。

 シャクッ。

 甘い。信じられないほど甘い果汁が、乾いた喉を潤していく。


「おいしい……」

「だろ? ここは天国じゃない。魔王城の『第4階層・総合医療センター』だ」

「え……?」


 思考が停止した。

 魔王城? 医療センター?

 アリアは慌てて体を起こそうとしたが、腕に管が繋がれていることに気づいた。

 透明な液体が、血管へと送り込まれている。


「な、なんですかこれは! 魔族の毒を注入して……!」

「ただの『高濃度ポーション点滴(栄養剤入り)』だ。お前、栄養失調で死にかけてたんだぞ」


 そこへ、白衣を纏った男が入ってきた。

 聴診器を首にかけ、カルテを持った魔王ヴェルムだ。


「目が覚めたようですね、聖女様」

「き、貴様が魔王……!」

「動かないで。点滴がズレます」


 ヴェルムは慣れた手付きで点滴の調整を行い、カルテを見ながら淡々と告げた。


「診断結果を伝えます。……重度の栄養失調、睡眠負債、自律神経失調症。それに胃潰瘍の兆候も見られます。典型的な『過労』ですね」


 ヴェルムは眼鏡の位置を直した。


「聖女様。あなたは今日から『強制入院』です。全治二週間。それまで退院は許可しません」


「は、入院……? ふざけないで! 私は祈らなければならないのです! 国で待つ信徒たちのために、一分一秒でも惜しんで……!」


「それが『病気』だと言っているんです」


 ヴェルムの声が低くなった。

 威圧感に、アリアが息を飲む。


「自己犠牲を美徳とし、自分の命を削ることを『正義』と勘違いしている。……それは誰のためだ? 神のためか? それとも、お前を都合よく使う『教団』のためか?」


「そ、それは……」

「アリア」


 アーサーが、アリアの手を優しく握った。

 その手は温かかった。


「俺もそうだった。みんなのために頑張らなきゃって、ボロボロになるまで働いた。……でもな、ここのマスター(魔王)に言われたんだ。『自分が幸せじゃない奴に、他人を幸せにすることなんてできない』って」


「自分が……幸せ……?」


 アリアにとって、それは禁忌の言葉だった。

 聖女は清貧であるべし。欲を持つべからず。そう教え込まれてきたからだ。


「まずは、休め。飯を食って、寝ろ。話はそれからだ」

「でも……」

「これは『魔王命令』だ。逆らえば……そうだな」


 ヴェルムは少し考え、ニヤリと笑った。


「その美味しいリンゴを没収して、代わりに『最高級ステーキ』を無理やり食わせるぞ」

「……ッ!?」


 なんて恐ろしい拷問(ご褒美)なのか。

 アリアの腹が、肯定するように「グゥ~」と鳴った。


 恥ずかしさで顔を真っ赤にする聖女を見て、ヴェルムとアーサーは顔を見合わせて笑った。


 こうして、聖女アリアの「魔王城・強制療養生活」が始まった。

 それは彼女が生まれて初めて知る、「人間らしい生活」へのリハビリでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ