第16話 魔王と皇帝、サウナで裸の付き合いをする
聖王国、王城の裏門。
皇帝ヴォルダールは、闇に紛れて壁を越えようとしていた。
警備兵の配置は把握済み。死角を突いて侵入し、魔王の寝首を掻く――つもりはなかったが、直接対話するために寝室へ忍び込む算段だった。
「……ぬるい。警備がザルすぎる」
ヴォルダールが壁に手をかけた、その瞬間だった。
「こんばんは、皇帝陛下。深夜の『壁登り』は、腰に悪いですよ?」
頭上から爽やかな声が降ってきた。
ヴォルダールが驚愕して見上げると、塀の上に一人の青年が腰掛けていた。
バスローブ姿で、片手にコーヒー牛乳を持った魔王ヴェルムだ。
「き、貴様……いつからそこに……!」
「最初からです。当国の監視システム(防犯カメラ)は優秀でして。陛下が『大衆酒場あーさー』でおでんの卵を落として、慌てて拾って食べたところもバッチリ記録されています」
「なっ……! み、見ごがったのか!?」
大陸最強の皇帝が、顔を真っ赤にして狼狽えた。
3秒ルールまで監視されているとは、なんと恐ろしい情報網か。
「冗談はさておき。……お待ちしておりました。ちょうどお湯が沸いたところです」
ヴェルムはひらりと塀から降りると、城の別棟を指差した。
「一戦、交えていきませんか?」
◇◇◇
案内されたのは、王城の地下に新設された『VIP専用大浴場』だった。
脱衣所で服を脱ぎながら、ヴォルダールはヴェルムの体を見た。
(……傷がない)
ヴォルダールの体は、歴戦の古傷だらけだ。対してヴェルムの肌は白く、滑らかだ。
だが、その背中には、目に見えない重圧を耐え抜いてきた男特有の「厚み」があった。
「こちらへ。……熱いのがお好きだと聞きましたので」
ヴェルムが扉を開けた先は、湯船ではなく、薄暗い木の部屋――サウナ室だった。
ムワッとした熱気が顔を打つ。室温は90度。
「……ふん。熱責めの拷問部屋か?」
「いえ、『精神と時の部屋』です」
二人の男は、並んで木のベンチに座った。
沈黙。
ただ、ジリジリと肌が焼ける音だけが響く。
「……ヴェルム、とやら」
汗を流しながら、ヴォルダールが口を開いた。
「なぜ、戦わない? 貴様の持つ技術があれば、帝国ごとき容易く滅ぼせるだろう」
「滅ぼして、何になります?」
ヴェルムは目を閉じたまま答えた。
「国を滅ぼせば、難民が出る。恨みが残る。復興にコストがかかる。……非効率です」
「だが、恐怖で支配せねば、人は従わん」
「恐怖は、一時の劇薬です。長続きしない」
ヴェルムは立ち上がり、熱された石に、柄杓で水をかけた。
ジュワァァァァァ……!
強烈な水蒸気が発生し、体感温度が一気に跳ね上がる。
「ぐ、ぬぅ……ッ!」
ヴォルダールが呻く。皮膚が焼けるようだ。
「陛下。この熱さが『ストレス』や『重圧』だとしましょう。……我慢して、耐えて、耐え抜いた先に何があると思いますか?」
「……強靭な精神、か?」
「いいえ。『解放』です」
ヴェルムは扉を開け放った。
「出ましょう。水風呂が待っています」
◇◇◇
ザブォォン!!
キンキンに冷えた水風呂(水温16度)に、ヴォルダールは突き落とされた。
「ひぃぃぃッ!? つ、冷たッ! 心臓が止まる!」
「肩まで浸かって! 息を吐いて!」
地獄の業火から、極寒の氷雪へ。
急激な温度変化に、ヴォルダールの脳内麻薬が爆発した。
血管が収縮し、そして拡張する。
フラフラになりながら水風呂を出た皇帝は、用意されていた『インフィニティチェア(寝椅子)』に倒れ込んだ。
その瞬間。
ドクン、ドクン、ドクン……。
自分の鼓動が聞こえる。
手足の先がジンジンと痺れ、体が宙に浮いているような浮遊感が襲ってきた。
思考が停止する。
国への義務感も、戦争の勝敗も、威厳も、すべてがどうでもよくなるほどの、圧倒的な多幸感。
「……あ、あぁ……」
皇帝の口から、魂の抜けたような吐息が漏れた。
「これが……『整う(トトノウ)』……」
隣で同じく寝転んでいるヴェルムが、ニヤリと笑った。
「どうです? 剣で語り合うより、よっぽど分かり合えるでしょう」
「……ああ。……完敗だ」
ヴォルダールは天井を見上げたまま、力なく笑った。
「こんな気持ちいいものを知ってしまったら……もう、戦車に乗って埃まみれになるのが馬鹿らしくなるな」
◇◇◇
湯上がり。
腰にタオルを巻き、片手にコーヒー牛乳を持った二人のトップは、中庭の縁側で涼んでいた。
「……で、どうするんだ? 帝国は」
「技術提携を結びましょう」
ヴェルムは即答した。
「帝国の『鉄鋼技術』は世界一だ。そこに我々の『魔導技術』を組み込めば、戦車ではなく、素晴らしい『魔導列車』が作れる」
「列車?」
「ええ。大陸中に線路を敷き、人や物を運ぶんです。そうすれば物流が活性化し、飢える民もいなくなる」
ヴォルダールは、瓶の中の黒い液体を見つめた。
武力による統一ではなく、経済と物流による統一。
それは、かつて彼が夢見ながらも、「弱者の戯言」と切り捨てた理想郷だった。
「……フン。貴様は、とんだ『魔王』だな」
ヴォルダールは手を差し出した。
ゴツゴツとした武人の手。
「いいだろう。ガレリア帝国は、貴様らの『ホワイト化計画』に乗ってやる。……ただし!」
「ただし?」
「あの『サウナ』とかいう部屋、早急に帝都にも作れ。あれがないと、もう仕事にならん」
ヴェルムはその手を強く握り返した。
「契約成立ですね。……オプションで、マッサージチェアもお付けしますよ」
こうして。
サウナの熱気と水風呂の冷却によって、大陸二大国家の間に強固な同盟が結ばれた。
歴史書には書かれない、「裸の同盟」である。




