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元社畜、ダンジョンマスターになる。 ~残業ゼロ・福利厚生完備の魔王軍を作ったら、人間界の勇者まで転職してきました~  作者: 綾瀬蒼
第2章「国家再建コンサルティング編」

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第16話 魔王と皇帝、サウナで裸の付き合いをする

 聖王国、王城の裏門。

 皇帝ヴォルダールは、闇に紛れて壁を越えようとしていた。

 警備兵の配置は把握済み。死角を突いて侵入し、魔王の寝首を掻く――つもりはなかったが、直接対話するために寝室へ忍び込む算段だった。


「……ぬるい。警備がザルすぎる」


 ヴォルダールが壁に手をかけた、その瞬間だった。


「こんばんは、皇帝陛下。深夜の『壁登り』は、腰に悪いですよ?」


 頭上から爽やかな声が降ってきた。

 ヴォルダールが驚愕して見上げると、塀の上に一人の青年が腰掛けていた。

 バスローブ姿で、片手にコーヒー牛乳を持った魔王ヴェルムだ。


「き、貴様……いつからそこに……!」

「最初からです。当国の監視システム(防犯カメラ)は優秀でして。陛下が『大衆酒場あーさー』でおでんの卵を落として、慌てて拾って食べたところもバッチリ記録されています」


「なっ……! み、見ごがったのか!?」


 大陸最強の皇帝が、顔を真っ赤にして狼狽えた。

 3秒ルールまで監視されているとは、なんと恐ろしい情報網か。


「冗談はさておき。……お待ちしておりました。ちょうどお湯が沸いたところです」


 ヴェルムはひらりと塀から降りると、城の別棟を指差した。


一戦ひとっぷろ、交えていきませんか?」


 ◇◇◇


 案内されたのは、王城の地下に新設された『VIP専用大浴場』だった。

 脱衣所で服を脱ぎながら、ヴォルダールはヴェルムの体を見た。


(……傷がない)


 ヴォルダールの体は、歴戦の古傷だらけだ。対してヴェルムの肌は白く、滑らかだ。

 だが、その背中には、目に見えない重圧プレッシャーを耐え抜いてきた男特有の「厚み」があった。


「こちらへ。……熱いのがお好きだと聞きましたので」


 ヴェルムが扉を開けた先は、湯船ではなく、薄暗い木の部屋――サウナ室だった。

 ムワッとした熱気が顔を打つ。室温は90度。


「……ふん。熱責めの拷問部屋か?」

「いえ、『精神と時の部屋リラクゼーションルーム』です」


 二人の男は、並んで木のベンチに座った。

 沈黙。

 ただ、ジリジリと肌が焼ける音だけが響く。


「……ヴェルム、とやら」


 汗を流しながら、ヴォルダールが口を開いた。


「なぜ、戦わない? 貴様の持つ技術チカラがあれば、帝国ごとき容易く滅ぼせるだろう」

「滅ぼして、何になります?」


 ヴェルムは目を閉じたまま答えた。


「国を滅ぼせば、難民が出る。恨みが残る。復興にコストがかかる。……非効率です」

「だが、恐怖で支配せねば、人は従わん」

「恐怖は、一時の劇薬です。長続きしない」


 ヴェルムは立ち上がり、熱されたサウナストーンに、柄杓で水をかけた。


 ジュワァァァァァ……!


 強烈な水蒸気ロウリュが発生し、体感温度が一気に跳ね上がる。


「ぐ、ぬぅ……ッ!」


 ヴォルダールが呻く。皮膚が焼けるようだ。


「陛下。この熱さが『ストレス』や『重圧』だとしましょう。……我慢して、耐えて、耐え抜いた先に何があると思いますか?」

「……強靭な精神、か?」

「いいえ。『解放』です」


 ヴェルムは扉を開け放った。


「出ましょう。水風呂が待っています」


 ◇◇◇


 ザブォォン!!


 キンキンに冷えた水風呂(水温16度)に、ヴォルダールは突き落とされた。


「ひぃぃぃッ!? つ、冷たッ! 心臓が止まる!」

「肩まで浸かって! 息を吐いて!」


 地獄の業火から、極寒の氷雪へ。

 急激な温度変化に、ヴォルダールの脳内麻薬が爆発した。

 血管が収縮し、そして拡張する。


 フラフラになりながら水風呂を出た皇帝は、用意されていた『インフィニティチェア(寝椅子)』に倒れ込んだ。


 その瞬間。


 ドクン、ドクン、ドクン……。

 自分の鼓動が聞こえる。

 手足の先がジンジンと痺れ、体が宙に浮いているような浮遊感が襲ってきた。

 思考が停止する。

 国への義務感も、戦争の勝敗も、威厳も、すべてがどうでもよくなるほどの、圧倒的な多幸感。


「……あ、あぁ……」


 皇帝の口から、魂の抜けたような吐息が漏れた。


「これが……『整う(トトノウ)』……」


 隣で同じく寝転んでいるヴェルムが、ニヤリと笑った。


「どうです? 剣で語り合うより、よっぽど分かり合えるでしょう」

「……ああ。……完敗だ」


 ヴォルダールは天井を見上げたまま、力なく笑った。


「こんな気持ちいいものを知ってしまったら……もう、戦車に乗って埃まみれになるのが馬鹿らしくなるな」


 ◇◇◇


 湯上がり。

 腰にタオルを巻き、片手にコーヒー牛乳を持った二人のトップは、中庭の縁側で涼んでいた。


「……で、どうするんだ? 帝国は」

「技術提携を結びましょう」


 ヴェルムは即答した。


「帝国の『鉄鋼技術』は世界一だ。そこに我々の『魔導技術』を組み込めば、戦車ではなく、素晴らしい『魔導列車』が作れる」

「列車?」

「ええ。大陸中に線路を敷き、人や物を運ぶんです。そうすれば物流が活性化し、飢える民もいなくなる」


 ヴォルダールは、瓶の中の黒い液体を見つめた。

 武力による統一ではなく、経済と物流による統一。

 それは、かつて彼が夢見ながらも、「弱者の戯言」と切り捨てた理想郷だった。


「……フン。貴様は、とんだ『魔王』だな」


 ヴォルダールは手を差し出した。

 ゴツゴツとした武人の手。


「いいだろう。ガレリア帝国は、貴様らの『ホワイト化計画』に乗ってやる。……ただし!」

「ただし?」

「あの『サウナ』とかいう部屋、早急に帝都にも作れ。あれがないと、もう仕事にならん」


 ヴェルムはその手を強く握り返した。


契約成立ディールですね。……オプションで、マッサージチェアもお付けしますよ」


 こうして。

 サウナの熱気と水風呂の冷却によって、大陸二大国家の間に強固な同盟が結ばれた。

 歴史書には書かれない、「裸の同盟」である。

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