第13話 魔法研究所の変人たち ~魔術式(ソースコード)をオープン化したら、技術革命が起きました~
聖王国魔法研究所。
そこは、国中の叡智が集まる場所――のはずだった。
「……暗いな」
視察に訪れたヴェルムは、カビ臭い廊下を歩きながら呟いた。
研究所内はジメジメしており、すれ違う研究員たちは皆、自分の研究資料を鞄に隠し、疑心暗鬼の目で他人を見ていた。
「この国の魔術師は、『自分の技術を盗まれること』を極端に恐れていますから」
案内役のエレオノーラが溜息をつく。
「師匠から弟子への『一子相伝』が基本。新しい術式を開発しても、他人に知られないよう暗号化して金庫に隠すんです。だから、技術が全く共有されず、数百年レベルで停滞しています」
「典型的な『ガラパゴス化』だな」
ヴェルムは呆れた。
技術は、共有し、改良し合うことで進化する。
誰もが車輪の再発明(ゼロからの開発)をしていては、いつまで経っても飛行機は作れない。
「おや、あそこは何だ?」
廊下の奥、地下へ続く階段の前で、怒号が響いていた。
「出ていけ! この穀潰しめ!」
「ま、待ってください所長! あと少しなんです! この『汎用魔力回路』が完成すれば、魔道具のサイズが十分の一に……!」
「うるさい! そんな金にならん研究より、貴族様を喜ばせる『花火の魔法』でも作っておれ!」
薄汚い白衣を着た、眼鏡の青年が、太った所長に研究所から追い出されそうになっていた。
青年はボサボサの髪に、目の下の隈。典型的な「オタク」だ。
「……彼、名前は?」
「えっと、確かジーク。変人として有名です。『魔法を全ての平民に使えるようにする』なんて夢物語を語って、予算を打ち切られたとか」
「ほう」
ヴェルムの目が光った。
彼はスタスタと歩み寄り、絶望して膝をつくジークの肩を掴んだ。
「君、その『汎用魔力回路』とやら、見せてくれないか?」
「え……? で、でも、まだ未完成で……」
「いいから」
ジークはおずおずと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、極小の文字でびっしりと魔術式が書かれていた。
ヴェルムは一瞥し、唸った。
「……美しい」
無駄がない。
従来の魔術式が「スパゲッティコード(継ぎ接ぎだらけ)」だとすれば、彼の式は洗練された「アルゴリズム」そのものだった。
ただ、起動するための「OS(基盤魔力)」が、この国の技術では追いついていないだけだ。
「所長さん。彼、クビにするんですよね?」
「あ、ああ! 魔王様が引き取ってくれるなら清々するわ!」
「交渉成立だ。……ジーク君、今日から君がこの研究所の『新所長』だ」
「「はぁぁぁ!?」」
ジークと旧所長の声が重なった。
◇◇◇
数分後。
ヴェルムは研究所の大講堂に、全研究員を招集した。
「諸君。これより、魔王軍による技術改革を行う」
ヴェルムは黒板の前に立ち、チョーク(魔具)を握った。
「君たちがコソコソ隠し持っている『秘伝の魔術』。……ハッキリ言って、ゴミだ」
「な、なんだと!?」
「我々の伝統を愚弄する気か!」
憤る魔術師たち。
ヴェルムは鼻で笑い、黒板に巨大な魔法陣を描き殴った。
それは、ダンジョンの転移トラップに使われている、超高度な空間魔法の術式だった。
「ッ……!?」
「な、なんだこの術式は……見たこともない構成だ……」
「転移魔法の詠唱を、ここまで短縮できるのか……?」
ざわめきが広がる。
本来なら、国家機密レベルのSランク技術だ。
「これは私が開発した『ダンジョンOS・バージョン2.0』だ。……これを、君たちに『無償』で提供する」
「は……?」
研究員たちは耳を疑った。
「た、タダで? 見返りは何を……魂か? 寿命か?」
「見返りは一つ」
ヴェルムはニヤリと笑った。
「『オープンソース化』だ」
彼は黒板に条件を書き出した。
1. この術式は誰でも自由に使って良い。
2. ただし、これを元に改良・開発した新技術は、必ず全員に公開すること。
3. 技術の独占は禁止する。
「隠すな。共有しろ。君のアイデアに、隣の誰かのアイデアを足せば、もっと凄いものができる。それが『技術革新』だ」
静寂。
最初に動いたのは、新所長に任命されたジークだった。
「……すごい。このOSを使えば、僕の回路も動く……! いや、あそこの『冷却術式』を組み合わせれば、家庭用コンロすら作れるぞ……!」
ジークの目が、子供のように輝き出した。
その熱は、伝染する。
「お、おい! 俺の『着火魔法』と、その回路を繋げてみてもいいか?」
「なら、私の『風魔法』で排気システムを作ろう!」
「待て待て、それならこの素材を使ったほうが効率がいいぞ!」
今まで自分の殻に閉じこもっていた研究員たちが、次々と黒板の前に集まり、議論を始めた。
彼らは本来、魔法が大好きな研究者なのだ。
「隠さなくていい」「協力していい」という許可が出た瞬間、知的好奇心のダムが決壊した。
旧所長だけが、蚊帳の外で呆然としていた。
「な、なんだこの熱気は……」
◇◇◇
数週間後。
聖王国の魔法技術は、爆発的な進化を遂げていた。
魔導コンロ、自動掃除ゴーレム、遠距離通信機……。
かつては王族しか使えなかった魔法が、安価な魔道具として民衆の手に渡り始めていた。
「魔王様! 見てください! 昨晩徹夜して、ついに『自動風呂沸かし機』が完成しました! お湯が沸くと喋るんです!」
目の下に酷いクマを作ったジークが、満面の笑みで報告に来た。
彼だけではない。研究所の灯りは、深夜になっても消えることがない。
「……リリィ。あいつら、ちゃんと休んでるか?」
「それが……『楽しすぎて眠れない』『開発合宿最高』とか言って、帰りたがらないんです。……これって、ブラックなのでは?」
「……『やりがい搾取』にならないよう、ボーナスだけは弾んでやれ」
魔王ヴェルムは苦笑した。
ブラック企業と、熱狂的なベンチャー企業は紙一重だ。
だが、彼らの目は死んでいない。
こうして王国は、金と技術の両輪を手に入れた。
国力はV字回復し、かつてない繁栄を迎えようとしていた。
だが、光が強くなれば、影もまた濃くなる。
急激に力をつけた聖王国を、虎視眈々と狙う『隣の軍事大国』の存在に、彼らはまだ気づいていなかった。




