第12話 人材発掘! スラム街の天才少女
聖王国、王都中央広場。
そこに張り出された『求人広告』が、人々の度肝を抜いていた。
『【急募】王国公務員(大臣候補含む)』
『応募資格:不問。年齢・性別・身分・種族に関わらず、能力のある者を求む』
『給与:完全実力主義。最高で金貨100枚支給』
前代未聞だった。
これまで役人になれるのは貴族の縁故者だけで、平民、ましてやスラムの住人には逆立ちしても手が届かない職業だったからだ。
会場には長蛇の列ができていた。
一発逆転を狙う商人、職を失った元兵士、そして冷やかしの貴族たち。
その列の最後尾に、ボロボロのフードを目深に被った、小柄な人影があった。
「……ケッ。どうせ出来レースだろ」
少女は泥で汚れた指先を見つめ、吐き捨てるように呟いた。
だが、彼女の腹は正直に「ぐぅ」と鳴った。
参加賞として配られる『パンとスープ』目当て。それが彼女の参加理由だった。
◇◇◇
試験会場となった大広間。
試験官席には、魔王ヴェルムと、補佐役の王女エレオノーラが座っている。
「それでは、第一次試験を開始する!」
ヴェルムの声が響く。
試験内容は、剣術でも魔法でもない。『実務計算』だ。
「問一。ある村の収穫量が小麦5400キログラム。税率を18%とし、輸送コストとして全体量の5%が消失すると仮定した場合、王都に納品される小麦の純量は何キログラムか?」
ザワザワ……と会場がどよめいた。
参加していた貴族の若者たちが、慌てて従者に指示を出す。
「おい、計算盤を持ってこい!」
「紙だ! 筆だ! こんな複雑な計算、暗算でできるか!」
彼らは「計算」など自分でするものではなく、部下にやらせるものだと思っていた。
カリカリとペンの音が響く中、ヴェルムはストップウォッチ(魔道具)を見つめている。
――10秒経過。
まだ誰も答えられない。
「4617キログラム」
静寂を破ったのは、鈴を転がすような、しかしドスの利いた少女の声だった。
会場の視線が一斉に集まる。
声の主は、会場の隅に立っていた薄汚い少女――ミナだった。
「……なんだ、あの汚いガキは」
「スラムの浮浪児じゃないか? 衛兵、つまみ出せ!」
貴族たちが野次を飛ばす。
だが、ヴェルムは片手でそれを制し、ミナを見た。
「正解だ。……計算式は?」
「いらねぇよ、そんなもん」
ミナは鼻を鳴らした。
「5400の18%引きは4428。そこからさらに5%引くより、最初の5400から『税率とロス分の合計係数』を掛けたほうが早い。……頭の中で数字が勝手に組み上がるんだよ」
「……ほほう」
ヴェルムは興味深そうに目を細めた。
【異能:数学的直感】。
稀にいる、数字そのものを感覚的に理解できる天才だ。彼女の才能は、この国で最も不足している「経理・統計」の分野で輝く。
「ま、まぐれだ!」
貴族の男が立ち上がって叫んだ。
「あんな浮浪児に計算ができるはずがない! 事前に答えを知っていたんだ! イカサマだ!」
「そうよ! 大体、あんな身なりの者を神聖な試験会場に入れるなんて!」
会場中から非難の声が上がる。
ミナは「やっぱりな」という顔で、踵を返そうとした。
やはり、自分のような底辺が表舞台に出ることなんて許されないのだ。
「待ちなさい」
その足を止めたのは、ヴェルムの声だった。
「イカサマかどうか、証明すればいい」
ヴェルムは指を鳴らした。
空中に、光の文字で『100個の計算式』が浮かび上がった。
掛け算、割り算、分数、複利計算……ランダムかつ膨大な数字の羅列だ。
「制限時間は1分。……よーい、始め」
貴族たちが口をあんぐりと開けて固まる中、ミナだけが動いた。
彼女は一瞬で数字の群れを睨みつけ、まるで呪文のように数字を紡ぎ出した。
「1問目、1250。2問目、34.5。3問目、89000……」
その速度は、読み上げられる質問よりも速い。
リリィが必死に模範解答シートと照らし合わせ、目を丸くする。
「せ、正解……正解……全部正解ですっ! マスター、彼女、演算魔導機並みの速さです!」
58秒。
100問全ての解答が終わった。
静まり返る会場。
貴族たちは顔面蒼白で、言葉も出ない。
ヴェルムは席を立ち、壇上から降りて、ミナの前に歩み寄った。
「名前は?」
「……ミナ」
「ミナ。君のその才能を、いくらで売る?」
ミナは警戒して後ずさった。
才能を売る? どうせ、悪徳商人の帳簿誤魔化しや、賭博の計算係として使い潰されるに決まっている。
「……あたしは高くつくよ。毎日腹いっぱい飯を食わせろ。雨風凌げる寝床を寄越せ。あと……病気の弟に薬を……」
「わかった」
「は……?」
「それプラス、月給として金貨20枚。王城内の個室寮完備。弟君は当軍の医療チーム(最高レベル)が治療する」
ヴェルムは右手を差し出した。
「君を『財務省・主計局長』としてスカウトする。この国の腐りきった金の流れを、その計算能力で丸裸にしてほしい」
ミナは呆然と、差し出された手を見つめた。
スラムでゴミを漁っていた自分の手が、真っ白な手袋をした魔王の手に包まれる。
「……ほんとかよ。……夢じゃ、ねぇのかよ……」
「契約書には嘘を書かない主義だ」
ミナの大きな瞳から、涙が溢れ出した。
彼女はその手を強く握り返した。
「やる! やらせてくれ! あいつらが隠してる裏金、一ゴールド残らず暴いてやる!」
こうして、魔王軍傘下の新生聖王国に、最強の「金庫番」が誕生した。
後に『氷の計算機』と恐れられる彼女の手によって、貴族たちの脱税は次々と摘発され、国庫は劇的に回復していくことになるのである。




