表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元社畜、ダンジョンマスターになる。 ~残業ゼロ・福利厚生完備の魔王軍を作ったら、人間界の勇者まで転職してきました~  作者: 綾瀬蒼
第1章「勇者転職編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/28

第10話(第1章完結) ブラック国王 vs ホワイト魔王軍

 ダンジョンの入り口前広場に、殺気立った軍勢が展開していた。

 聖王国騎士団、五千。

 しかし、その実態は見るも無残なものだった。


「進めぇ! 突撃せよぉぉ!」


 後方で安全な馬車の中から叫ぶ国王。

 対する兵士たちは、強行軍で疲労困憊し、鎧は泥だらけ。支給された食料はカビの生えたパンのみで、士気は最低(底辺)だった。


「ひぃ、ひぃ……もう歩けねぇよ……」

「相手は魔王軍だぞ……死ぬに決まってる……」


 絶望する兵士たちの前で、巨大なダンジョンの扉が、重々しい音を立てて開いた。


 ゴゴゴゴゴ……!


「来たぞ! 魔物の群れだ! 構えろぉ!」


 隊長が悲鳴のような号令を出す。

 兵士たちが震える手で槍を構えた。

 しかし、扉の奥から現れたのは、凶悪な魔獣でも、骸骨の軍団でもなかった。


 現れたのは――『湯気』だった。


「……ん?」


 兵士の一人が鼻をひくつかせた。

 戦場には似つかわしくない、食欲をそそる濃厚な香りが漂ってきたのだ。

 肉の脂が焦げる匂い。野菜を煮込んだ甘い香り。スパイスの刺激。


「な、なんだこの匂いは……」


 ズラリと並んで出てきたのは、白い割烹着を着たオークたち。

 彼らは巨大な寸胴鍋をワゴンで運び、広場に「屋台」を展開し始めたのだ。


『いらっしゃいませー! 魔王軍「炊き出し部隊」でーす!』


 オークたちが元気よく声を張り上げた。


『本日のメニューは「特製角煮シチュー」と「焼き立てパン」! さらにデザートに「冷えたエール」もあるよ!』


「なっ……!?」


 兵士たちの目が釘付けになった。

 ゴロっとした肉が入ったシチュー。湯気を立てるふわふわの白パン。

 空腹の限界だった彼らの口内に、大量の唾液が溢れ出す。


「お、おい! 騙されるな! 毒だ! あれは毒入りだぞ!」


 国王が拡声魔法で叫ぶが、その声は虚しく響く。

 そこへ、ダンジョンの屋上から、魔王ヴェルムの声が増幅されて降り注いだ。


『聖王国の兵士諸君に告ぐ!』


 ヴェルムの落ち着いた、しかしよく通る美声だ。


『君たちは、空腹だろう? 疲れているだろう? 家に帰りたいだろう?』

『我々は戦いを望まない。ただ、美味しい食事を提供したいだけだ。……武器を捨てて並んでくれた者には、このシチューを「無料」で振る舞おう』


 ざわ……と軍勢が揺らいだ。


『さらに! 今なら「転職相談会」も実施中だ! 当軍に寝返った……いや、「中途採用」を希望する者には、今の給料の倍額を保証! 即日入寮可! シャワー完備!』


 カラン……。

 誰かが、槍を取り落とした。


「……倍額……?」

「……肉……」

「……俺、先月から給料もらってねぇんだ……」


 一人が走り出した。

 それを皮切りに、雪崩なだれが起きた。


「飯だぁぁぁぁ!!」

「食わせろぉぉぉ!!」

「王様ごめん! 俺、魔王軍に就職するわーーッ!!」


 五千の兵士が、武器を投げ捨て、一直線に「炊き出し」へと殺到した。

 それはもはや軍隊ではない。ただの「ランチタイムの行列」だった。


「ば、馬鹿者ぉぉぉ! 戻れ! それは敵の罠だ! 貴様ら、反逆罪で死刑にするぞぉぉ!」


 国王が顔を真っ赤にして叫ぶが、誰も聞く耳を持たない。

 オークからシチューを受け取った兵士が、一口食べて涙を流している。

 「うめぇ……」「生き返る……」「魔王様バンザイ……」

 その光景は、完全に勝負あり(決着)を示していた。


「おのれぇぇぇ! 魔王めぇぇぇ!」


 たった一人、ポツンと取り残された国王。

 彼は怒りに任せ、懐から隠し持っていた「王家の宝玉」を取り出した。

 国一つを吹き飛ばすほどの魔力を秘めた、自爆用の兵器だ。


「こうなれば道連れだ! 全員まとめて吹き飛べぇぇぇ!」


 国王が宝玉を掲げた、その瞬間。


 ヒュンッ!


 一閃。

 目にも留まらぬ速さで何かが駆け抜け、国王の手から宝玉を弾き飛ばした。


「なっ……!?」


 呆然とする国王の首元に、冷たい刃が突きつけられる。

 そこに立っていたのは、見違えるほど健康的な顔色になり、新品のミスリル装備に身を包んだ青年――元勇者アーサーだった。


「……そこまでだ、元・雇いボス

「き、貴様アーサー! 裏切ったのか!?」


「裏切ったんじゃない。俺は『より良い職場』を選んだだけだ」


 アーサーは冷ややかに言い放った。

 そして、彼の背後から、ドレスアーマー姿の王女エレオノーラが歩み出る。


「お父様。……いいえ、無能な経営者さん」

「エ、エレオノーラ……!?」

「あなたの時代は終わりました。この国は、会社カンパニー更生法の適用を受け、魔王軍の傘下で再建することにします」


 王女は悲しげに、しかし決意を込めて宣言した。


「あなたは『会長職(名誉職)』に退いていただきます。……もちろん、実権なしのね」


「そ、そんな馬鹿なァァァァァァァッ!!」


 国王の絶叫が空に吸い込まれていく。

 その叫び声すら、兵士たちの「おかわりください!」という元気な声にかき消されていった。


 


 こうして、聖王国と魔王軍の戦争は、死者ゼロという前代未聞の結果で幕を閉じた。

 これは後に『シチューの乱』、あるいは『大転職時代』の幕開けとして歴史に刻まれることになる。


 ダンジョンのバルコニーからその様子を眺めていたヴェルムは、満足げにグラスを傾けた。


「ふん。……剣で世界を征服するのは三流だ」


 隣に立つリリィが、呆れながらも嬉しそうに笑う。

 

「一流は、『福利厚生』で世界を征服する……ですね? 社長マスター

「その通りだ」


 元社畜の魔王は、ニヤリと笑った。

 彼のホワイトな世界征服(業務改善)は、まだ始まったばかりである。


(第1章「勇者転職編」 完)

感想、評価 励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ