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元社畜、ダンジョンマスターになる。 ~残業ゼロ・福利厚生完備の魔王軍を作ったら、人間界の勇者まで転職してきました~  作者: 綾瀬蒼
第1章「勇者転職編」

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第1話 社畜、死してなお、ブラック職場に遭遇す

 深夜三時。

 オフィスの窓に映るのは、幽霊のように青白い自分の顔だった。


「……やっと、終わった……」


 佐藤光一さとうこういちは、震える指先でエンターキーを押した。

 三日間徹夜で仕上げたプレゼン資料。

 これで明日、クライアントに怒鳴られずに済む。


 ふと、胸の奥が焼けるように熱くなった。

 心臓が早鐘を打ち、視界がぐにゃりと歪む。


(あ、これ、やばい)


 そう思った時には、もう遅かった。

 最後に思ったのは、家族のことでも、未練のことでもない。


(明日の朝礼……欠席連絡、誰に入れればいいんだっけ……)


 そんな、染み付いた社畜根性が脳裏をかすめ――俺の意識は、プツリと途絶えた。


 


「――スター。……起きてください、マスター」


 頭に直接響くような、鈴の音のような声。

 俺は重いまぶたをこじ開けた。


 見慣れた蛍光灯の天井ではない。

 ゴツゴツとした岩肌。

 そして、目の前に浮遊する、淡い光を纏った小さな少女。


「……天使?」

「いいえ、ダンジョン・コアのナビゲーター精霊、リリィです。そしてあなたは、この『奈落の迷宮』の新たなるあるじ、ダンジョンマスターですよ」


「ダンジョン……マスター?」


 起き上がろうとして、俺は自分の体を見下ろした。

 ヨレヨレのスーツではない。

 漆黒のローブに、青白く光る指輪。体からは力がみなぎっている。

 肩こりも、腰痛も、慢性的な寝不足による頭痛もない。


(これが……転生、ってやつか?)


 状況を飲み込むのに数秒。

 ブラック企業での激務で麻痺していた感情が、徐々に「喜び」へと変わっていく。


 死んだのだ。あの地獄のような職場から、解放されたのだ。

 しかも、一国一城の主ときた。

 これからは、誰に指図されることもなく、スローライフを送れる――。


「さあ、マスター! 喜んでください!」


 精霊のリリィが、愛らしい笑顔で空中でくるりと回った。


「前任の魔王様が勇者に討伐されてから、業務が山積みなんです! 第一層の拡張工事が遅延していますし、ゴブリンたちのシフトは穴だらけ。侵入者迎撃のトラップメンテナンスも三ヶ月未実施です!」


「……はい?」


 不穏な単語が聞こえた気がした。


「現在のダンジョン稼働率は低下する一方です。早急に指示を! まずは手始めに、第一層のゴブリンたちに『気合を入れろ』と命令してください。彼ら、ここ三日ほど不眠不休で働かせているのに、まだ掘削ノルマが終わらないんです」


 リリィは空中にホログラムのようなウィンドウを展開した。

 そこに映し出されたのは、洞窟の中で泥にまみれ、死んだ魚のような目をしてつるはしを振るう小鬼ゴブリンたちの姿。


 ガリガリに痩せこけ、足元はふらつき、時折誰かが倒れては、仲間に水をかけられて無理やり起こされている。


 ――既視感デジャヴ


 俺の脳裏に、昨日の自分と、深夜のオフィスで死にそうな顔をして働く同僚たちの姿が重なった。


「……リリィ、と言ったか」

「はい、マスター?」

「あいつら、三日寝てないのか?」

「ええ。前任の魔王様の方針で、『魔物は死ぬまで働くのが名誉』とされていますから。代わりはいくらでも湧きますし」


 代わりはいくらでもいる。

 お前が辞めても会社は困らない。

 やる気がないなら帰れ(帰れない)。


 俺の中で、何かが「プチン」と音を立てて切れた。


 ドォォォォォォン!!


 俺の体から、どす黒い魔力が噴出した。

 ダンジョン全体が震え、リリィが「ひゃっ」と悲鳴を上げて後退る。


「マ、マスター!? すごい魔力……そうです、その調子で部下たちに恐怖を植え付ければ、生産効率が――」


「ふざけるな!!!!」


 俺の怒声が、玉座の間に響き渡った。


「え?」

「生産効率だと!? ふざけるんじゃない! あんな顔をして働いて、いいものが作れるわけがないだろうが!」


 俺は玉座から立ち上がり、指輪を掲げた。

 本能的に、このダンジョンの「全権限」が自分にあることを理解していた。


「総員に通達ッ!!」


 ダンジョンマスターのスキル【念話】が発動する。

 俺の声は、地下深くに潜むすべての魔物たちの脳内に直接響き渡った。


『私は新しいダンジョンマスター、ヴェルム(……と名乗ることにする!)だ! 今この瞬間をもって、旧体制の全業務命令を破棄する!』


 リリィがポカンと口を開けている横で、俺は叫んだ。


『全魔物、作業中止ストップ! つるはしを置け! 武器をしまえ! 今すぐ家に帰って、飯を食って泥のように眠れ! これは「業務命令」だ!!』


 モニターの中のゴブリンたちが、一斉に動きを止めた。

 彼らは呆然と顔を見合わせ、やがて一匹が震える声で何かを叫び、泣き崩れた。

 それを皮切りに、ダンジョンのあちこちから歓声とも慟哭ともつかない叫びが上がる。


「マ、マスター! 何を考えているんですか!?」

「うるさい! 俺は二度と、あんな思いはしないし、誰にもさせない!」


 俺はリリィを指差して宣言した。


「俺が来たからには、このダンジョンを改革する。残業ゼロ、有給消化率100%、福利厚生完備の『ホワイト・ダンジョン』にな!」


 こうして。

 元社畜による、異世界ダンジョン業務改善計画が幕を開けたのである。

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