束の間の休息
「なぁ・・・お前気絶なんかしちゃいなかっただろ?俺が呼んでやったのに何故出て来ない?亨」
そう言ってスティーラム・ハーツは空き家の中の人影に問いかける。
「五月蝿い・・・。」
返答をしたのは棗の親友と呼べる存在・梶那 亨だった。
「俺が出ても棗と水城を混乱させるだけだ・・・・。それに出たら可笑しくなっちまうのは俺の方だ」
そう言った亨に対し、スティーは不敵な笑みを浮かべる。
「かもな?」
「・・・お前も放ってはおけない」
「そうかぃ?でもよぉ、どうすんだよ?佐倉 棗は?お前の大切な親友なんだろ?失うぜ・・・俺みたいに」
真剣な面持ちの亨に少し呆れたような表情でスティーが言う。
「だとしても敵に回る。それがアイツ等の為なら・・・仕方ない」
「・・・お前にそんな考えを持たせたのは、俺の記憶の欠片を見たからか?」
“申し訳ない”そんな表情。
「確かにスティーに影響を受けたかもしれない。でも敵になるかを決めるのは、俺のスティーラム・ハーツの部分ではなく、梶那 亨の部分だ」
強い意志を掲げる瞳。
後悔など、微塵もない。
「お前のそうゆう所、俺にそっくりだな?」
馬鹿だと言って微笑むスティーの顔には、孤独から抜け出した安心感が滲み出ていた。
「でも・・だから知っている・・・」
亨の少し切ない表情。
「・・・お前の苦しみ、痛み、悲しみ、絶望、焦燥、惑い、全ての記憶、想い。嫌になるよな、こんな事。本当は誰よりも平和を望んでいるのに・・・」
注意して聞かなければ聞き取れない程の小さな声。
泣きだしそうな声。
その様子を見ながらスティーが言った。
「後悔しても遅ぇんだ。今更戻れないし、止まれない。進むしかない」
力強い声音に掠れそうな声音は救われた。
「そうだな・・・どんなに恨まれようと、俺たちの真意を知る者はいないんだしな」
悲しい事だよな、と二人で口にした後、亨とスティーは空き家を後にした。
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ざくざくと砂を踏む音が遠くから聞こえてくる。
「俺を呼ばなきゃいけねぇなんて、何やってんだよ榊は・・・」
一人砂の上を歩きながら、落胆の表情を浮かべる者がいた。
「でも兎に角あっちに着かなきゃなー。・・・嗚呼、面倒くさい!でも行かなきゃ榊怒るもんなぁー」
よし、もう一踏ん張り。
そんな事を思いながら、男は歩いて行く。
まだ遠い道程を───
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「あ゛ぁ゛ー、遅い!!何故樒はこんなに到着が遅いんですか!!!」
苛立ちを隠せない様子で彷徨く榊。
「まぁまぁ榊。本部が遠いんだから仕方ないじゃないか?」
リヴィが宥める。
が、無駄だった。
「違います!樒はいつも徒歩で来るから遅いんですよ!?もっと有効な移動手段があるのに!」
「ごめんな榊。俺間違えてたよ」
「分かれば良いんですよ、リヴィさん」
榊がにこやかに応える。
次の瞬間、勢い良くドアを開け放ち入ってきたのは樒だった。
なんて間の悪い男だろうか。
榊に鉄拳制裁を喰らったのは言うまでもない。
「痛いなぁー!何すんだよ榊!!」
「何故か分からないのか?」
ゆらりと榊の体が揺らぐ。
立ち込める黒いオーラ。
「うん・・・。ごめん。分かってる。許して?」
「嫌だ」
この状況をどうしたものか?
リヴィは考えていた。
そして思い付かなかった。
「・・・・・あのさ、この状況下に置かれてる俺はどうしたら良いの?」
榊は未だ黒いオーラを放ちながら微笑んだ。
飽くまで丁寧な口調で。
「すみませんリヴィさん。お手数ですが棗さんを呼んできて下さい。その間に然るべき対処をしておきますので」
「・・・・・・うん」
それから暫くしてリヴィが棗を連れて戻ってきた。
「悪い榊、遅くな────」
そこには明らかに落ち込んだ樒がいた。
「すみません棗さん。お呼び立てしてしまって。」
榊が棗に軽く会釈をする。
「いえ。そちらが樒さんですか?」
「ええ。紹介します。こちら私の双子の兄で、機関のトップの一人・樒です。いつもは頼りないですけど一応強いので安心して下さい」
するといつの間にか回復していた樒が榊の隣にいた。
「君が棗くん?初めまして、樒です」
満面の笑みを浮かべ、棗に手を差し出す樒。
「宜しくお願いします」
棗も笑みを浮かべた。
「リヴィも久しぶり。お前が死んで以来会ってないもんなぁ?」
「そうだな」
「んで、今はどんな状況なんだ?」
「ああ。今は──────」
*榊の話が長いので早送り*
「─────とゆう状況なんだ」
「そうか。到頭スティーが、ねぇ」
棗とリヴィもコクリと頷く。
「ところで」
更に真剣な面持ちで、樒が切り出す。
「何で榊って俺にだけ微妙にタメなの?」
何故そこでその話題なのか。と、一同は固唾を呑む。
「兄弟だから。樒に敬語を使う意味がない。価値がない。殴ろうか?」
「いまサラッと酷いこと言った。価値がないとか、殴ろうか?とか・・・」
「ええ。当たり前です。」
その次の瞬間──ドアが勢い良く開いた。
「樒さんか来てるって本当!?」
入ってきたのはミレイナだった。
「おー!ミレイナ久しぶり!元気──では無かったな」
少し苦笑いを浮かべる樒。
「ねぇ、そう言えばリヴィ」
棗が少し離れた場所でリヴィに話し掛ける。
「嫌だったら答えなくても良いんだけど」
「うん」
「どうしてリヴィとミレイナさんて死んだの?」
「あーそれな。いやぁな、スティーを捜索してる時に不意打ちでスティーの当時の部下達に襲われてな」
「そっか」
「それより明日は大変だぞ!多分皆で樒の歓迎会やんだろな。榊の時はバタバタしてたから榊も一緒に」
「そんな事してる暇あんの?」
「潤滑油だよ。潤滑油。お前も手伝えよ!」
「ったくしょうがないな」
この日は束の間の休戦日。
皆が笑い合う穏やかな日々だった。