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兄の憂鬱

 明かりが等間隔に並ぶ廊下を進みながら、真っ黒な髪に白いものが混じりはじめた厳つい男が振り返る。いかにも堅物そうな真っ直ぐな太眉の男は、イングヴァル・フォーセル、双子の祖父である。

「一度家に行ったが、双子はどこに行った?」

 検証に時間がかかったのか、イングヴァルがトゥーラに到着したのは、露払いの翌日、夕食も済んだ頃だった。




「ああ、二人なら総督府(ここ)にいますよ」

 けろりと応えたルードヴィクに、イングヴァルの眉根が寄る。それでなくても厳つい顔が、ますます厳めしくなった。子どもなら縮みあがってて泣きだしそうな面構えである。

 そういえばベルトルドはよく泣いてたなぁと昔のことを思いかえす。もちろんアストリッドは泣いたりしない。あの強心臓の娘は、なにかに似てるとか言いながらキャッキャしていたような気がするが、なんだっただろうか。昔からあれは、よくわからないことを言って一人で喜んでいるところがある。




「ベルトルドを、シグヴァルド殿下に近づけるなと言っておいただろう」

「はあ……」

「なんだ?」

 気のない返事をしたルードヴィクに、イングヴァルはますます眉根を寄せた。ルードヴィクは短く息をついて腕組みした。

「あいつらが幾つだかわかってんですか? もう幼児じゃないんですよ? ダメだって言ったって聞くわけないでしょうが」

「それを注意するのが大人の役目だろ」




 もっともなことを言っているようだが、イングヴァルの問題は、それをすべて人に丸投げというところだ。

「無茶言わんでくださいよ。俺は殿下の世話して、仕事して、そのうえ双子の面倒までなんて、幾つ体があったって足りゃしません」

「な……ななななな」

「子どもの頃からアイツらの世話を押しつけられて、そりゃアイツらのこと可愛いし、今まで面倒見てきたけど、いくらなんでも俺に押しつけ過ぎなんですよ。ありゃオヤジさま(アンタ)の孫でしょうが」




 娘夫婦を亡くし、さすがに気の毒だと思ったからいろいろ協力もしてきた。だがさすがにもうそろそろ一〇年が経つ。立ち直れとは言わないが切り替えてもらわなければ、こちらも付きあうのは限界だ。 

 逆らわれてイングヴァルは動揺して、口をパクパクさせている。でもルードヴィクの目がが据わっているのに気がついて、イングヴァルは話を変えた。

「――……殿下は?」

 そこ、とルードヴィクは少し先にある扉を示した。




 むぅっと、怒ってるんだか拗ねてるんだかわからない表情をして、イングヴァルがこちらを見る。その顔にベルトルドが重なった。こういうところ以外と、イングヴァル(オヤジさま)とベルトルドって似てるよなぁと、妙な感慨を抱きつつ見返す。

 ルードヴィクがなにも言わないせいか、イングヴァルは仕方なく自分で扉をノックした。入れと返事が返ってきて扉を開けたイングヴァルは、そのまま固まった。

「さっさと入れ、イング」

 中からシグヴァルドが声をかけるが、イングヴァルは動かない。




 目をかっぴらいたままくピクリともしなくなったイングヴァルを、ルードヴィクはいぶかしく見遣り、それからひょいと部屋の中をのぞき込んだ。

 ああなるほどと、ルードヴィクは目をそらして乾いた笑いを漏らす。

 部屋の中には、シグヴァルドが少々だらしない格好で長椅子に腰掛けていた。その片方の膝の上には腰を抱かれたベルトルドが座り、もう片方の膝にはアストリッドがしなだれかかっていたのだ。




 大事な孫が二人とも、シグヴァルドとふしだらな関係に及んでいるとでも思ったのだろう。

 よくよく見れば、ベルトルドの手にはおやつが握られてるし、アストリッドはただだらしない格好で本を読んでるだけだ。間にシグヴァルドを挟んでいるというだけで、普段と変わらないのだが、イングヴァルには少々初見のインパクトが強すぎたようだ。

「……殿下、オーバーキルです。立ったまま気絶してます」

 ルードヴィクがうしろ頭をかいて報告すると、シグヴァルドは舌打ちした。




「……ヘタレか」

「まだこれからなのに早すぎない?」

「ぅええ、お祖父さま!?」

 呆れてアストリッドが起きあがり、顔色を変えてベルトルドが駆け寄ってくる。取り縋ったときに倒れ込んだイングヴァルの頭が、床に激突して少々派手な音を立てた。が、カワイイ孫に心配してもらったんだから本望だろう。




「まあいやだわ、大おじさま、こんなところでお休みになっては、子どもたちの教育によろしくなくてよ」

「将軍閣下が到着されたと聞いたからきたんだが、話は聞けそうにないようだねえ」

「姉さま、アロルドおじさま、お祖父さまが……っ」

「ほうってらっしゃい。そのうち勝手に目が覚めるでしょ。目覚めなければきっとお疲れなのよ、お布団掛けとけば平気よ」

 現れた二人にベルトルドが泣きつくが、アイナは素っ気ない。ルードヴィクと違い、アイナは心情的にシグヴァルドよりだから、イングヴァルには冷たいところがあるのだ。




 足でぐいとイングヴァルの体を押しのけているアイナの手から、酒器の乗った盆をアストリッドが取りあげた。

「アイナ姉さま、危ないよ。私が運ぶから」

「あら、ありがと。アーシャは紳士ね」

 じろりこちらを睨めつけてくるアイナに、ルードヴィクは肩をすくめた。とりあえず部屋の中へとイングヴァルの体を引きずると、アイナが頭の下にクッションを入れてやった。

「とりあえずルド兄さま、毛布を調達してらして」

 へーへーとルードヴィクが立ちあがると、おつまみを取りに戻ると言うアイナと並んで部屋を出た。




「ベル、プリンを買ってきたから、おじさまと一緒に食べようか?」

 手に持った箱を掲げて見せると、ベルトルドがえへへとアロルドを見あげてうれしそうに微笑んでいる。

「プリンですか? わぁ、ありがとうございます」

「……ベルトルド」

「ぅえ?」

 すかさず冷たい声が飛んできて、眉を垂らしたベルトルドが情けない声を聞かせたところで、部屋の扉がパタンと閉じた。




 ふふっとアイナが笑みをこぼす。

「シグヴァルドさまがお幸せそうでよかったわ」

「そんなのは今だけだ。王太子が男の伴侶なんて、どう考えたって問題だけしかない」

 考えるだけで頭が痛いとこめかみを押さえたルードヴィクに、アイナが目の前に立ち塞がった。

「そんなの、私たちがシグヴァルドさまの剣にでも盾にでもなればいいだけのことよ。だいたいねぇ、国の命運とかなんとか、責任だけ全部おっかぶせて、なに一つ恩を返さなくて平気なんて、兄さまの神経を疑うわ」

 冷たい目を向けられて、ルードヴィクは目をそらす。




「それは……」

「わかったらシグヴァルドさまのお力になれるように精進なさいよ、兄さま」

 ドスッと腹にきつい一発を入れられて、殴られた場所を抑えてルードヴィクはよろめいた。

「お……おまっ、今朝あの人に殴られたところ……」

「まあ、いい気味」

 恨めしく睨みつけるが、アイナは高笑いして去って行く。ルードヴィクは腹を押さえて壁にすがりついた。いててとつぶやいて、廊下に座り込む。そしてルードヴィクは溜息をついた。




「責任だけ全部おっかぶせて……か」

 アイナの言うことはもっともで、反論のしようもない。その時代時代に英雄と呼ばれる人間がいて、それが今回はシグヴァルドだっただけ。確かにその程度の認識だったのは否めない。シグヴァルドが特に文句も言わないので、本人もそのつもりだろうと思っていた。

 だが、本人がそのつもりなのと周りがそういう認識なのでは意味が違う。

 そういえば昔のシグヴァルドは、もっと無気力だったような気がする。いつからこんなに仕事熱心になったのか。シグヴァルドとの付きあいは長いが、あまり個人的な話しはしたことがない。主従関係なんてそんなものかと思ってたが……。




 それにしたって……と、ルードヴィクは立てた膝の間にうなだれて、もう一度深い溜息をついた。

 シグヴァルドが執着してるのは知ってたが、まさかベルトルドがそれに答えるとは思ってなかった。

 長男なのに周りが甘やかしまくったせいで、末っ子気質で。ぼんやりしてて、あれがおやつ以外に強い感情を持つなんて思わなかった。まあ、年上の女に捕まるかもぐらいは覚悟してたが……。

「……わっけわかんねえ」

「簡単だよ」

「ぅお!」

 急に横から声がして、ルードヴィクは飛びあがる。



「なにしてんの、兄さま? こんなとこで」

 しゃがみ込んだアストリッドが横で小首を傾げていて、ルードヴィクは飛び出しそうになった心臓を抑えた。

「黄昏れてんだよ。おまえこそどうした、アーシャ」

「ベルを取りあって、王子とアロルドおじさまがやばそうだから逃げてきたの」

「逃げないで助けてやれよ」

 えーとアストリッドが唇をとがらせた。

「あんなのの間に割って入ってたら、いくつあったっても身が持たないよ」




「だからってほっとくわけにもいかんだろ」

 よっこいしょと立ちあがったルードヴィクに、アストリッドが呆れた顔をした。

「兄さまも物好きだよね。あんなものの間に割って入りたいのなんて、ユズ――じゃなかったユスティーナさまくらいだと思ったよ」

「……どうしてここで二妃さまが出てくるんだ? おまえ、あの方に身内の情報流すなよ」

「リョーカイ」

 立ちあがると、アストリッドは廊下を歩いて行く。




「ああ、兄さまのその感情ね」

「ぁあ?」

「娘を嫁にやるお父さんの気持ち――ってヤツだよ」

「はあああああ? なにわけわからんことを、アーシャ」

「あはは。じゃあね、兄さま。あとで結果だけ教えてよ」

 バイバイと手を振ってアストリッドが立ち去っていく。逆側ではガシャーンとなにかが割れるような甲高い音がしていた。ルドーヴィクは両方を交互に見、頭をかきむしり、そして大きく息をついた。

「ああもうくそがっ」

 なににかもわからず口の中で罵って、ルードヴィクは元きた部屋へと足早に戻る。その足取りはなんだか軽かった。

お祖父さまとの対決からの、ルド兄さまのお話でした。兄さまはどこまで行っても苦労性(笑)

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