新学期
徐々に進みます。
本日も楽しんでいただければ幸いです。
ようやく開始された入学式は特段語る内容でもなく……いや良家のご子息ご息女が多い学校だから、皆さんのお行儀が良かったくらいしか覚えていない。あ、でも校長先生のお話が長いのはどこの世界でも一緒だった。
そんな学校に何故、一般家庭――会社令息ではあるけれど自営業だから、本当の良家とは違う――の私が入学したのか。それはひとえに祖父の助言から始まる。私としては普通の公立高校に行くつもりだったのよね。でも〝私〟という自我が強すぎることを心配した祖父が、自分の伝手を使って入学の路を作ってくれたの。そんな大げさなって思ってたけど実際に入学してみて理解した。
「すっごく楽だわ」
別に中学までだって虐められていたわけじゃない。ただ、ちょっとだけ腫れ物扱いって感じだったのは間違いない。
「大瀧くん、どうかした?」
「ううん。なんでもないわ。ありがとう、萱島さん」
私が私でいられるように、祖父があれこれ考えてくれたのがわかる。だって皆さん良い意味で無関心なのよ。男の私が教室の隅で黙々と刺し子をしていても、「男のくせに」なんて誰も言わない。まだ入学して二週間しか経っていないけど、〝そういう子〟として受け入れてくれる。まぁクラスの副委員長となった萱島さんがあれこれと気に掛けてくれるかもしれないけどね。
「うわぁ……その縫い目、めっちゃ細かいね」
「慣れれば単純作業よ?」
「無理。私、無理」
針仕事が苦手過ぎると片言になっているのは萱島さんのお友達で、亘理美佳さん。萱島さんが静なら亘理さんは動って感じ。とっても賑やかだけど、迷惑な騒ぎ方はしないところが彼女も良いところのお嬢さんなのよ。
「美佳、何かあった?」
「あぁそうそう、ゆかりんって部活は決めた?」
「……ゆかりん?」
今までに呼ばれ慣れてない愛称が聞こえて、思わず聞き返してしまう。
「うん。縁さんだから、ゆかりん。だってなんか、大瀧くんって感じじゃないんだもん。かと言って縁ちゃんって感じでもないし……だから、ゆかりん」
「……美佳」
一気に距離を詰めすぎだと萱島さんは頭を抱えているけれど、亘理さんはどこ吹く風とばかりにケロリとしている。言われた私としては初めての経験過ぎて、上手く言葉に出来ない……。
「でも、ちょっと嬉しい……かも」
なんだろう。しっくりと来たという言葉が正しいかもしれない。だれかれ構わずに呼ばれたいとは思わないけど、亘理さんだったら良いかなと思えちゃう。思わず笑みがこぼれれば、萱島さんと亘理さんが顔を赤くした。
「どうかした?」
「……いや、うん。クールビューティーの不意打ちってやばいなって思っただけ」
呆然としながらそう言う亘理さんの横で、萱島さんが大きく頷いたのが印象的だった。笑顔が不細工とか思われていたらどうしよう。
新学期のあれこれでした。
(プロット段階から登場人物が多くなることが確定していて、ちょっとソワソワしています)