プロローグ
人がなにかを思い出す時というのは突然だ。
楽しい思い出も、嫌な思い出も、それを思い出すトリガーなんて人それぞれで、たまたま〝私〟が〝私の前世〟を思い出したのも突然だった。〝私〟になる前の〝自分〟は自己表現に乏しく、両親が今後の未来を憂えるレベルだったらしい。
それが大きく変わったのが三歳の時。
発語のないままぼんやりと過ごしていた〝自分〟は、母親から「開けてはダメ」と言われていた和室の襖を開けた。そこに広がっていたのは大量の布、布、布――畳の上に和柄をメインとした色とりどりの布が並んでいた。
「ゆーちゃん、あぶないあぶないだからダメよ」
そんなお母さんの声。
今ならわかる。三人の姉が着る夏祭り用の浴衣生地を、元和裁士の母が縫う為に広げていたこと。もちろん、そんな場所だから裁ちばさみや針なんて危ないものも置かれているから、母が言う〝危ない〟は三歳の子供の命に関わること。でも……。
『あぶない……!!』
いつか、どこかで聞いた叫びを思い出した。
そして〝私〟のことを思い出した。
小さい頃からドレスが好きで、いつか素敵なドレスを縫うことを夢見ていた。ようやく専門学校を卒業して、憧れの工房で念願のパタンナーとして歩み始めて、こっそりスケッチブックにデザインを書き起こして、いつか、いつか……と思い続けた未来は結局訪れなかったこと。
ぽとぽとと涙をこぼした〝私〟を驚きながら抱きしめてくれた母の胸で、私は熱を出した。その熱は治まるまでに三日かかったけれど、そのおかげで私は〝私〟として落ち着くことが出来た。
大瀧縁。性別は男。
女として生きた〝私〟は死んで、この子の体で生まれ変わった。
今世のお父さん、お母さん、ごめんね。女の子が三人続いた後の待望の男の子だけど、私は男としては生きられない。
だから、私……おネェになります!