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9、ダンジョン潜入

    ***



 到着した騎士団が隙なく囲む中、ディノとレクシィは、ホールの亀裂の前に立った。


 ディノは、腹の底から息を吸い、吐く。

 防御魔法が付与された王家の甲冑が、未成熟な身体にやや重い。


 一方、使い込まれた装備を身に着け、厳選した武器を入れた革袋を背負った冒険者姿のレクシィは、軽く手足を伸ばして柔軟体操などしている。

 彼女にとっては『いつものこと』なのだろう。


 深い深い亀裂の中を、ディノは覗き込む。


 結界魔法で蓋をされている状態だ。

 姿は全く見えないが、さっきよりも明らかに、地下の魔獣たちの気配が強い。

 血の匂いに猛っているのか。

 仲間を殺された怒りなのか。



「殿下。恐いですか?」

「誰に言ってるんだ」



 言い返す声が、少し震えてしまった。

 準備は万端に整えたが、ダンジョンに入るのはもちろん初めてだ。

 王族にそんな機会はない。

 入りたいと願ったとしても許されない、普通は。


 緊張してしまうのは否めない。

 臆する気持ちも、ないとは言えない。

 だが、そんなものよりもずっと恐いものがある。



「魔力探知で半冠(ティアラ)の大まかな位置は把握できています。

 安全第一。極力戦闘は避けて、さっと行ってさっと取り返してきましょう」


「……ああ」



 身体がこわばっているのが自分でもわかる。

 緊張をとろうと、もう一回深呼吸する。

 むしろ名誉だ。王国最強の冒険者に、相棒として指名されたのだから。


 少し気になることがある。

 半冠(ティアラ)を持っていった吸血蝙蝠(ヴァンパイアバット)の動きだ。

 宝物的価値もさることながら強い魔力が付与された半冠(ティアラ)に、魔獣が惹かれるのはわかる。

 だが、それにしても動きが速すぎ、巧みすぎたように思うのだ……。



「あ。そう言えば殿下! お伝えしておきたいことが」


「なんだ」


人呑み毒蝦蟇(スワロウトード)のお肉って結構おいしいんですよ」


「…………は?」


「さっきのは毒肝ごと真っ二つですから使えませんけど、あれ一匹ってことはないでしょうし。

 私も有毒生物調理の免許持っていますから。

 そうですね……おすすめはスパイシーな唐揚げとか」


「ぜっっっったいっ、食わんからな!?」



 思わず食いぎみに渾身の大声を出す。


(あっ……)


 出したら力が抜けた。

 気づけば、身体のこわばりが消えている。


 ニコッと笑む婚約者。

 どこまでも彼女の手のひらの上で転がされてしまっている気がする。



「では。結界に穴を空けますね、

 騎士団の皆様は、私たちが入った後の封鎖をよろしくお願いいたします」



 レクシィが金属籠手(ガントレット)をつけた左手をかざす。

 立ち上った魔力炎が鋭く、鋭く尖って下に向かっていく。



「〈貫通牙(ピアシング・ファング)〉」



 魔力炎の牙が結界を貫通し、人二人がやっと入れる穴がそこに開通した。



「行きましょう、殿下」



 レクシィがディノの手を取る。

 彼女に手を引かれ、ディノは一緒にその暗い穴の中に飛び込んだ。



「……っ」



 深い。落ちる落ちる落ちていく。

 落ちながらディノは穴の底を見た。

 地上に這い出せずにうごめいていたモンスターたちが、血に飢えた目でこちらを見上げている。



「まかせろ」



 〈|斬殺爪《デッドフル・クロウ》〉を打つべくナイフを両手のすべての指の間に挟んでかまえるディノ。

 その手を、一緒に落ちながらレクシィがとどめた。



「レクシィ?」

「大丈夫です殿下、突破します」

「突破? ……ぅわぁっ!!」



 レクシィがディノを再び横抱きにすると、穴の壁を蹴って急加速した。

 モンスターたちの群れの中に入る。

 猛り狂う個体と個体の間をすり抜けていく。


 暗い暗い暗い。

 気づいたときには、もう上から下に落ちてはいなかった。

 レクシィがモンスターたちの身体を鋭く蹴り、洞窟の中を横に跳んでいくのだ。



(何…何なんだこの動きは!?)



 暗すぎて視覚が当てにならず、重力の感覚さえ狂ってしまいそうだ。

 胃の中のものがぐるぐる回る。



「抜けました!」

「は……?」



 言葉どおりモンスターの群れを抜けた?のか、ほぼ暗闇に等しい中でレクシィはディノを抱いたまま着地し、ノールックで後方に封鎖するように結界を張った。


 バシュンと魔力の弾ける音。

 直後、生き物が衝突する音と潰れるような鳴き声。

 こちらに気づいて襲おうとしたモンスターたちが、結界にぶつかったようだ。


 いったんは安堵。

 そしてディノは、レクシィを睨みながら両ほほをつねった。



「ううう!?」


「だから! 俺のことを女のように抱き上げるなと何度言ったら覚えるんだ、このニワトリ頭っ」


「らって必要(ひふよう)らったかられすようっ」



 それは……好きな女に触れられるのは不快ではない、どころか、だ。

 抱きしめられる感触を、つい反芻してしまう時もある。

 が、それはそれ。これでも男としての矜持(きょうじ)があるのだ一応。それにしても。



(……頬、柔らかいな)そしてすべすべだ。



「れ……殿下(れんは)?」

「……ふん」



 仕返しに、彼女の頬の感触をしばらくぷにんぷにんと堪能してから、ディノは彼女の膝を下りた。



「あのモンスターたちは殺さなくて良かったのか?

 ずいぶん興奮しているようだが、危なくないか?」


「ええ。単なる狂乱索餌(きょうらんさくじ)ですから」


狂乱索餌(きょうらんさくじ)?」


「新鮮な血の匂いに狂乱状態になりながら、屍肉を食べ漁っているんです。

 一種のトランス状態ですね。

 しばらくしたら落ち着きますよ」


「そういうものなのか?」


「ええ。熟練の冒険者は無駄な殺生(せっしょう)をしません。

 どの生き物も限りある資源ですし、生態系の中で役割を持っていますから。

 先ほど地上に出たモンスターたちは人の血の味を覚えてしまった可能性があるので殲滅しましたが」


「なるほどな」



 そのわりに誰かさんは毎回ウキウキでモンスター討伐に行ってる気がするが、突っ込まないでおこう。



「……それにしても」



 暗さにある程度目が慣れてきたディノは、周囲を見回した。



「普通に広い洞窟だな。

 本当に一度埋めたのか、これ?」


「うーん……どうでしょうね」



 下る道を選び、二人は歩いていく。



「ダンジョンって結構深いので、制圧(クリア)したダンジョンを本当に埋めきるには、小さい山ひとつ分ぐらいの土が必要なんです。

 だからここも、上の方だけ土で固めてお茶を濁しているパターンじゃないかなって」


「まったく、うちの先祖ぉ……」



 悪態をつきそうになったディノは、ふと、走った。



「どうしました?」



 違和感がある。

 光がまったく入らない位置まで入っているのに、奥の方が見えるのだ。

 洞窟の下り道をある個所で曲がると、いきなり妙に明るくなった。



「レクシィ、見ろ」



 高い位置に横穴が掘られ、かつてダンジョンに入った者たちが遺したものなのか、ひどく古い型のランプが置いてある。

 そのランプの中に、魔力炎が灯っている。



「先客がいるようだな。このランプを灯した誰かが」

4月25日も午後の更新になります。

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