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7、奪われたティアラ

 人の多い場所で混乱が起きた時、恐ろしいのは殺到による圧死だ。それだけで大量に人が死にかねない。

 プエルタの指揮により、ボロボロの紳士淑女たちは、すぐにでも走り出したいのをこらえて大人しく順番に避難していく。

 衛兵隊は魔獣と一対一では戦えないので、数人の密集隊形を作りながら、どうにか応戦する。

 気絶したままの国王夫妻も、取り急ぎ衛兵たちの手でなんとか運ばれていく。

 いまのうちに魔獣が這い出してくる亀裂を塞ぎたい。



「とりあえず、応急措置ですねっ。ミリフィっ!」

「はい、お嬢様っ!」



 レクシィに声をかけられた先ほどの剛腕侍女は、魔獣の死骸をよいしょっと持ち上げると、亀裂に放り込んだ。

 その丸太ほどもある筋骨隆々の腕で次々に投げ込んでいく。

 亀裂はひどく深く、死骸ではとても埋めきれなさそうだ。

 だがそれでも侍女が放り込んでいるうちにある程度下の方が埋まったのか、這い出てくる魔獣が激減してきた。



 ……と、思ったら。

 いきなり大きな黒い影がビヨーン!と亀裂から跳び出てきた。



「なっ……!?」



 象さえしのぐほどに巨大なカエル型のモンスター、人呑み毒蝦蟇(スワロウトード)だ。

 プエルタ王女を狙い、大口を開けて呑み込もうと迫る。 


「ひっ……」



 王女は美しい顔をひきつらせ、硬直してしまう。

 重ねて言うがこの場の貴婦人たちが着ているのはイヴニングドレス。普通は重いスカートに足をとられ、とっさには動けない。



「あねうえぇ!!」



 ビイイイン!!

 レクシィの〈暴君竜の魔手(タイランツ・パウ)〉が毒蝦蟇の首に巻きついて止める。

 かまわず王女に舌を延ばす毒蝦蟇めがけ、壁を走っていたディノが跳び降りた。


 ――――バザアアアッ……!


 〈鎌爪脚(シックル・クロウ)〉のかかと落とし。

 巨大ガエルは脳天から一刀両断されていく。



「……あ……」



 立ち尽くし、零れ落ちそうなほど目を見開いた姉に、駆け寄るディノ。



「姉上! ご無事ですか!?

 ……っ、姉上!?」



 モンスターがまっぷたつになるところを至近距離で目の当たりにしてしまったプエルタは、そのままディノの腕の中でフゥッと気を失ってしまった。



「姉上っ、姉上っ!?」


「気絶しても仕方ないですよ。ここまで指揮してくださって感謝です」まったく動じないレクシィ。


「ではディノ殿下、人が減ってくれたので少し飛ばします。

 プエルタ殿下とともに後ろにお下がりください」


「……! レクシィ!?」



 ドレスの重いスカートの片側を、グッとたくし上げるレクシィ。

 彼女が露出した左足は、太ももまで竜の鱗のレガースで覆われていた。

 覆われてはいてもその脚のラインは魅惑的で、そもそも貴婦人にとって脚は胸以上に隠すべき部位とされている。

 逃げ遅れている紳士たちにディノはあわてて「貴様ら、見るな! 見るなーーー!!」と叫んだが、いかに絶世の美女の脚線美といえど、見ている余裕など誰にもない。



「それでは皆さん、伏せてくださいっ!

 せーーーーのっ」



 一切頓着しないレクシィ、人々があわてて伏せる。

 魔道具のレガースが光り始め。



「〈暴君竜の尾撃(タイランツ・テイル)〉」



 ――――その左足から放たれた、疾風のような回し蹴り。

 もしも相手が人間で目の前にいたら、ガードする腕ごと肋骨を粉砕しただろう。

 その凄まじい蹴りと連動して、魔力炎が構築した『竜の尾』がバキバキバキバキ……!と会場内の魔獣たちをなぎ倒し吹っ飛ばした。



「…………!」



 ディノは息を呑む。

 とっさに言葉が出てこなかった。

 残っていた大魔獣のすべて、小魔獣のほぼすべてが〈暴君竜の尾撃(タイランツ・テイル)〉一発でやられている。

 そういう魔法だと元々知っていても一瞬放心してしまうほど、目の前の光景は強烈過ぎた。



(――――これが、王国中の冒険者の頂点……)



「亀裂も、もう塞げたようですね。

 あと少し、がんばりましょう」


「あ……ああ」



 ディノとレクシィが戦っている間も、剛腕侍女は死骸を投げ込み続けていたらしい。

 もう這い出てくる魔獣は一匹もいない。

 どっぷりと濃い獣くささと、血の匂いを漂わせていた。亀裂の底の方、折り重なった死骸が地層を作っている。

 地下で生きているモンスターがうごめいている気配があるものの、すぐに出てくることはないだろう。


 ディノは気を取り直し、わずかに残った魔獣を駆逐するべく〈斬殺爪(デッドフル・クロウ)〉を放った。


 ナイフの群れが魔獣を狩り尽くしていく。

 その時ディノの視界に、不意に光るものが入る。



(……?)



 ディノがその光に視線を向ける一瞬前に、小型の吸血蝙蝠(ヴァンパイアバット)がそれを拾い上げた。

 魔力を帯び、自らまばゆい光を放ちながら宙を舞うそれは……。



「! 王妃の半冠(ティアラ)!」



 王家の紋章を宝石とともに象った、王家の宝冠のひとつ。

 衛兵たちがあわてて王妃を避難させる際、落としてしまったのか?

 レクシィも〈暴君竜の魔手(タイランツ・パウ)〉を伸ばしたが、コウモリは妙に器用な動きで鞭とナイフを避ける。

 そのまま亀裂の中の魔獣の死骸の間をすり抜けて、ティアラとともに地下に姿を消してしまった。



「クソッ!」



 追って亀裂の中に入ろうとするディノを、誰かの腕が掴んで引き留めた。



「放せ! 半冠(ティアラ)が!!」

「殿下!? 危険ですっ。だーめーっ!」



 力づくで羽交い絞めにしてディノを止めたのはレクシィだった。



「装備なしにダンジョンに入るなんて、自殺しに行くようなものですよっ」

「行かせろ! あれがないとっ!」

「失礼しますっ」



 彼女の腕を振り払おうと渾身の力を込めて暴れたディノは、レクシィに当て落とされて意識を失った。



      ***

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