4、冒険者令嬢とモンスター料理
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「……やはり、プエルタ殿下とディノ殿下が不仲というのは本当なのですね」
「ディノ殿下は、ご自身の王位継承を脅かすお相手ですものねぇ。まして王太子殿下は女性でいらっしゃいますもの……」
晩餐会中、そんなヒソヒソ話が離れた席で交わされているのを鋭敏な耳で聞き取って、ディノ王子はため息をついた。
「まったく……姉上め……」
「お料理本当に美味しいですね」
一方、王子の隣の婚約者は、何事もなかったかのようにニコニコして目の前の料理に夢中である。
陰口を叩く婦人たちがいる一方で、レクシィの美貌は、食べているだけで周囲の男たちの目を集めている。
その様はさながら、甘い香りの綺麗な花に引き寄せられる蜜蜂たち。
「レクシィ。
おまえは腹が立たないのか?」
「プエルタ殿下にですか?
まぁ冒険者たるもの国中どこでも自分の足で行くつもりでしたし」
「それで良いのか?
王命による討伐だったというのに!?」
「問題ありません」
涼しい顔でレクシィは返した。
「騎士団が冒険者を良く思っていないことは知っていますもの。
身分は私の方が上とはいえ若輩者ですし、彼らとしても面白くなかったと思いますよ?
聞いてください殿下。
この四牙猪のステーキ最高に美味しいです。
ぎゅっと旨味の詰まった赤身肉に脂の甘味、そこにソースのワインの風味がなんともたまりません」
「まったくおまえは、もう……食べ物なんかで懐柔されるな」
ディノはため息をついて分厚いステーキにフォークを突き刺す。
腹立たしさを肉にぶつけて咀嚼する。確かに旨い。
隣のレクシィを盗み見る。
(くっ………………)
令嬢らしくマナーは遵守しつつも、大層美味しそうに肉にかぶりついている。
その顔が、可愛い。ものすごく。とんでもなく。語彙力が吹っ飛ぶほどに。
彼女が全方位国宝級の顔面を持っていること、その気になれば微笑みひとつで国さえ傾けかねないほど魅力的だということを、ディノはいやというほどわかっていたつもりだった。
だが今、その認識を改めざるを得ない。
(何なんだこの幸せそうに肉を食べている顔! 可愛すぎるんだよ!
女神のごとき美貌と、旨いものを食べる無垢で無邪気な喜びの表情。その奇跡のハーモニー!
頭をぶん殴られたような衝撃と心臓を撃ち抜かれる感覚が同時にきたぞ!
毎度毎度、俺を殺す気か!?)
頭のなかは騒がしかったが落ち着けと繰り返し口の中で呟き、ゆっくりと息を吐く。
ずっと彼女を見ていたかったけれど、それをさとらせたくなくて、ディノはさりげなく視線を前に戻した。
「……レクシィ。
もう少し王都にいたらどうだ」
「はい?」
「冒険者としての道中なんて、ろくなものを食べられないだろう。
王都にいたほうが食生活は充実するだろうに」
「うーん……それは確かにそうなのですが」
大きなステーキをぺろりとたいらげて、レクシィは花びらのような唇をナプキンで拭く。
ディノはまだ触れたこともない、きっとぷるりと柔らかいのだろう形のいい唇。
「その土地にしかない食べ物をその土地でいただくのも、予想外に美味しかったりするのですよ?」
「その土地にしかない、なんて希少な食べ物がどれほどある?」
「殿下。ご自分の国の広さをなめてはいけません。
そうですね、たとえば……北方のカンパニアン地方ではバイソンがご馳走なんですけど」
「バイ……ソン?」
「牛の仲間の猛獣です。
私は突然変異した火山熊の討伐のために行ったのですけど、近隣で獲れたバイソンのお肉を柔らかく煮込んだシチューが絶品で……。
討伐の当日は、土地の人がお弁当として、その煮込んだバイソン肉とバターの効いたマッシュポテトが入ったサンドを持たせてくださって、それも本当に美味しかったですよ!
あと、南方のワニ肉料理も良かったですね」
「ワ……ワニ肉?」
「鶏肉に似ていて、臭みがなくてとっても美味しいんですよ。
シンプルに焼くだけでも良いですし、濃いめに味付けたフライなんかにすると、いくらでも食べられてしまいますね。
殿下は絶対にお好きだと思います!」
「そ……そうか……(絶対、遠慮する)」
「夜営だと、捕った獲物を調理したりも楽しいですし……。
そうそう、私が倒した魔獣も、地元の方が料理してくださるんです。
火山熊の肉団子煮込みやカツレツもとっても美味しかったですし、このまえの大飛竜は、ハーブをたっぷり効かせた串焼きや、サクサクの衣のフライに甘辛いソースをかけたものにしていただきました」
「……………………」
嬉々として食べ物のことばかり話す婚約者を、ディノ王子は呆れた目で見る。
だが。
「ああ、もちろんそういう美味しい食べ物との出会いは本当に僥倖ですから、出会おうとして出会えるものじゃないです。
だから美味しいものに出会うと、ディノ殿下がここにいたら食べさせてあげたかったなぁ、なんて思うのですよね」
「そ、そうか」
ディノはとたんにわかりやすく機嫌を直して
「……そうか……旅の間も俺のことを考えているのか」
と口もとを隠した手の下でにやけるのだった。
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