3、宮殿で視線を集める二人
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冒険者の主要な仕事のひとつは、ダンジョンでの魔資源採取である。
ダンジョンとは、モンスターが住み着く地下迷宮のことだ。
地下の洞窟などに何か強力な魔物が住み着き、あるいは長年放置された魔道具系の宝物から魔素が漏れだし、地中に魔素濃度の高い空間が出来上がる。
そこに多くのモンスターが発生または集まってきたものがダンジョンだといわれている。
このダンジョン、ほんの百五十年ほど前まで『制圧』、つまりモンスターの殲滅や魔力を与えていた秘宝を獲得するなどし、ダンジョンを消滅させることが頻繁に行われていた。
要はそれが、歴代の王や将軍、腕自慢の冒険者たちにとって最大の名誉とされていたのだ。
(現在は魔資源保護のため、よほどの場合を除き、禁止されている)
制圧した後は、またダンジョン化することのないよう、地下空間を埋め、その上に教会や城などを築いて結界を張ったという。
マーストリヒティアン宮殿は元々、二百年前の王が軍を率いて制圧したダンジョンの上に城を築き、後年改築したものだ。
代々の王が愛し手を入れ続けた、美麗な離宮である。
今宵その宮殿で、王太子である第一王女プエルタの二十四歳の誕生日を祝う夜会が開かれる。
晩餐会と舞踏会の二部構成である。
ディノ王子と婚約者レクシィ・タイラントが宮殿の広いホールに姿を現すと、居並ぶ紳士淑女の視線がこの美少年と美女に集中した。
特にレクシィの姿は光輝くようだ。
センスよく結われた髪が、額に火傷を負ってなお神代の女神のような人並外れた美貌を引き立てる。
ディノの用意した青いドレスは、長い手足、鍛え上げ引き締まった完璧なボディに豊かな胸を持つレクシィを、計算し尽くされたラインでさらに魅力的に見せた。
首に輝く二連のネックレスは良質なダイヤモンドを惜しげもなく使い、耳元にきらめく大輪の花のようなイヤリングや髪飾りとともにまばゆい光を放つ。
まさに、誰しも目を奪われ、思わずため息がこぼれるような美しさ。
だが口さがない貴婦人たちは、それを素直に称賛するつもりはないようだ。
「……あぁら、レクシィ様ったら。
出歩きすぎて殿下に愛想を尽かされたのではなかったんですの?」
「名門公爵家のご令嬢ともあろう方が、下賎な冒険者などしているのです。
時間の問題でしょうけれど?」
「あんなに胸を張って背筋を伸ばして……クスッ、ご自身の方がディノ殿下よりずっと背が高いのをおわかりでないのかしら?」
「確かに宝石もドレスも素晴らしくて、容姿もまぁお噂どおりですけれど……あの醜い火傷ったら、フフッ……」
淑女たちは高価な扇子で歪んだ口許を隠しながら、醜悪な噂話に花を咲かせようとする。が。
「……や、やめなさいっ」
震えながらそれを制止する男がいた。
高位貴族の一人である。
「あ、貴女方! あのお方を敵に回すことが、どれだけ恐ろしいことかわかっているのか?」
「……恐ろしい?」
「一国を相手に戦争を挑むようなものです。
決して敵に回してはならない。
よろしいですか。あのお方は、一年前のベリアシアン事変の際に……」
制止者は続けようとして、視線に気づき口をつぐむ。
当のレクシィ本人から見つめられていたのだ。
彼女はにっこり、と微笑む。
それは傍目には絶世の美女によるとろけるほど美しい笑顔だったのだが……その貴族は、ヒッ、と喉の奥でかすかな悲鳴をあげ、青ざめながらその場をあとにするのだった。
一方、そんなレクシィの腕を、ディノ王子はギュッと強く引き寄せる。
「どうかしました?」
「……俺以外の男に微笑むな」
「無茶言いますね?」
表情ひとつ動かさず交わされる、ほんのりすねた声とわずかなあきれ声。
二人のやり取りは、他の誰にも聞こえない。
────二人が向かうホールの最奥には、国の成り立ちを描いた大きな絵画と、真竜を象った紋章が掲げられている。
その絵と紋章の真下に壇があり、王家の紋章と神話のモチーフが彫られた、高い高い背もたれのある大きな座具が三つならぶ。そこに国王と王妃、そして王太子であるプエルタ王女が座っていた。
「国王陛下、王妃陛下。
両陛下におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
今宵は我々の婚約の御披露目の場をご用意いただき、ありがたき幸せに存じます」
「両陛下の深きお心遣いに、心より御礼申し上げます」
ディノとレクシィはそれぞれ一礼する。
髭をたくわえた白髪交じりの国王は、ゆったりとうなずいた。
「無事この日を迎えられ、喜ばしく思うぞ。
タイラント嬢、西方の大飛竜討伐見事であった」
「もったいなきお言葉、まことにありがたく存じます。
ですがすべては、辺境の警備兵の皆様や現地の方々の、真摯なご協力あってのことでございます」
「だが肝心の戦闘ではそなたが一対一で仕留めたとな。
おかげで一人も死者どころか怪我人さえ出なんだと、警備隊長も報告で絶賛しておった。
さすがは我が国随一の冒険者」
「過分なお言葉をいただき、光栄の至りにございます」
二日前の姿などどこへやら。
柔らかな微笑みを浮かべ、見事に未来の王子妃らしく振る舞ってみせるレクシィに、王妃も母親の顔で笑む。
「あなたのような女性がディノの婚約者になってくださったことは幸運だわ。
どうぞ末永く息子のことをよろしくお願いしますね」
「────恐れながら」穏便な空気を壊すように、ディノが口を挟む。
「レクシィの西方への派遣、決定前にわたくしにお知らせいただくことはできなかったのでしょうか。
ひとつ間違えばレクシィは今回の御披露目にも間に合わなかったでしょう」
「おお、ディノの言うとおり、それは済まなかった。
だが民や家畜に犠牲が多く出ており、至急ということだったのでな。
せめて交通手段の助けをと思い、翼竜騎士団の派遣を検討したのだが……」
国王が翼竜騎士団を統括している王太子プエルタ王女に目を向ける。
氷のような冷たさを漂わせる、一切の隙がない完璧すぎる美貌。
万人の目を否応なく惹きつける華やかな大輪の華に似たレクシィの美しさとは、対照的だ。
弟のディノにも似た、その唇が、開く。
「恐れながら、陛下。
翼竜騎士団は国の治安のため日夜王国の空を飛び回っているのですわ。
大飛竜討伐であれば、必要な装備も物資も相当なものになりますでしょう?
一騎でも貸し出すことが厳しい中で、そのような余裕などございませんわ」
プエルタ王女は冷たく言い放つ。
その場の空気に気まずさを覚えたらしい王妃が
「ま、まぁ、結果的に倒した上で間に合いましたものね? さすが王国一の冒険者ですわ」
と、ひきつり笑顔で誉めるのだが、プエルタ王女はポツリと小さく
「……間に合わなければ良かったのに」
と呟き、聴こえてしまった近くの貴族たちを戦慄させていたのだった。
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