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2、年下王子はドレスを贈る


 このクレタシアス王国では冒険者は六階級に分けられる。

 上から真竜級、亜竜級、大魔獣級、小魔獣級、人災級、採取級、である。


 下位四階級は各地のギルドが管理。

 上位二階級は王家の直下に置かれ、国王から免状を授かり、国を経由して依頼を受ける。

 その戦績は毎年開示され、ランキングがつけられていた。


 現在の真竜級冒険者はたったの三人、亜竜級でさえ二十人に満たない。

 彼らはエリート中のエリートであり、王国中の冒険者たちにとってまさに憧れ。

 中でも戦績年間第一位となった者は、国王から直々に魔道具を授かる。

 一生に一度でいいからなってみたいと全冒険者が夢見る地位だった。


 その栄冠を三年続けて獲得しているのが十七歳の公爵令嬢にして真竜級冒険者のレクシィ・タイラント。

 王家の血を引く名門公爵家の娘でありながら、十二歳での冒険者登録からあっという間に頭角を現し、駆け上がるように階級をのぼって今に至る。


 そんな彼女は先日、この国の王子ディノ・アンティルロプス・クレタシアスの婚約者となったのだった、が。


 名実ともに最強の冒険者である婚約者があちこちに駆り出され(そして本人も「いってきまーす!」と嬉々として出掛け)結果的に放っておかれるのが、ディノとしては非常にご不満なのである。



 ────埃だらけの格好で王子に応対するわけにはいかないので、レクシィは湯浴みをしてドレスに着替えてきた。


 公爵家の侍女たちの奮闘により肌も髪も本来の美しさを取り戻すと、その姿は、朝露きらめく薔薇のように気高く麗しい名門公爵家令嬢そのものだった。



「改めてご挨拶申し上げます、殿下。

 タイラント公爵家長女レクシィ・タイラント、王都に帰還いたしました。

 長らく殿下をお待たせいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます」



 淑女らしく完璧な所作でカーテシーをしてみせたレクシィ。

 王子の眼差しも、険しいものではなくなっている。

 というよりも、ジッと彼女を見つめている。どこかやや魅入られたように。



「……殿下?」



 ハッとして、あわててギュッと眉根を寄せる王子。



「大飛竜討伐、ご苦労。

 怪我なく無事帰ってこられたのは何よりだ。

 ……ぎりぎり明後日にも間に合ったしな」


(ねぎら)いのお言葉ありがとうございます……あさって?」


「覚えていないなどと言うなよ?」



 ジロリとディノ王子ににらまれ(明後日……明後日って何でしたっけ……)レクシィは素知らぬ顔で記憶を漁った。

 無敵の冒険者令嬢も、この年下の婚約者にはどうにも弱いのだ。



「……はい!

 プエルタ王太子殿下のお誕生日の夜会ですよね?」


「そうだ。そしておまえの、第一王子ディノの婚約者としての御披露目の場だ。

 ……まさか、本気で忘れていたのか?」


「も、ももももちろん覚えていましたよ!

 たたた、楽しみにしていましたし!」


「本当に?」


「本当です! 本当! 久しぶりの夜会の美味しいお料理、めちゃくちゃ楽しみです!」


「…………そうか。料理か」



 『本気で忘れていたのか?』と言った時のディノ王子がかなり本気でショックを受けていたので、レクシィは必死で取り繕った。

 顔はとびきりいいもののその不遜な態度から『生意気王子』と陰口を叩かれ、周囲からは鋼メンタルのように思われやすいディノだったが、十四歳という年相応に繊細なところもあるのだ。


 なんだかまだ機嫌がなおっていない気がするのは気のせいだと、レクシィは思うことにした。



「取り急ぎ、ドレスと宝石の支度ですね。王妃陛下やプエルタ殿下と被らない色にしなければ」


「全部用意している」


「全部?」



 見計らったように、王子が連れてきた女官たちが、うやうやしく四人がかりでドレスを運んできた。



「え……これは……!」



 レクシィは(みどり)の瞳を輝かせた。


 ディノの瞳の色に似た神秘的な深い青の生地に極上のレースを重ね、たっぷりと美しく裾が広がるドレス。

 高度な縫製技術と高級素材を惜しげもなく使い、まるでクリノリンを入れたかのような優雅なシルエットだ。

 その上、散りばめた宝石、さりげなく凝った装飾、巧みに配置された飾りベルトなどがアクセントとして効いている。

 ここしばらく完全にドレス離れしていたレクシィから見ても、着てみたいと心くすぐられる素晴らしいデザインだった。



「おまえの寸法に合わせて仕立てさせた」


「殿下がですか?」


「ああ。宝飾品も大粒のダイヤモンドで一式あつらえている。

 小物と化粧品も王家御用達のものをそろえた。

 化粧師も美容師も手配……」


「ありがとうございます!

 本当に素敵です! センス良いですね殿下!」


「……そ、そうか?」


「ええ! とても私好みです。

 このドレスを着られるの、とっても楽しみです」



 普段国中を駆けずり回っていることの多いレクシィは、姫君らしい感覚を忘れがちだが、オシャレは大好きだ。


 まるで初めてお気に入りの服を買ってもらった幼い女の子のように、嬉々としてドレスを胸に当ててクルクル回る。

 イヴニングドレスであり、普通女の子の筋力ではとても一人で軽々持てるはずがない重さである。

 四人がかりで運んできた女官たちは驚きのあまりポカンと口を開けているが、まぁそれはそれ。


 ディノは、得意気な笑みが口もとに浮かぶのを懸命にこらえながら「ま、まぁ、王都一の仕立て屋に『御披露目の場にふさわしいものを』と依頼したからな」と言う。

 が、いつになく可愛らしい反応の婚約者を見ているうちについニヤけてしまい、誤魔化すために王子は下手くそな咳払いをした。



「会場はマーストリヒティアン宮殿だ。

 馬車での移動時間をかんがみて明朝十時に迎えに来る。

 王都を手薄にするわけにはいかないからタイラント公爵夫妻には王都に残ってもらうが、俗物どもに隙を見せるなよ」


「ですよね……鋭意努力します」



 タイラント公爵家は王国において押しも押されもせぬ大貴族だが、レクシィ自身は冒険者稼業に精を出していることもあり(あと冒険者の仕事に夢中になりすぎるところもあり)()()()()()()非の打ち所のない存在とは言いがたい。

 そのうえ彼女の方が王子より三つも歳上だ。


 ディノ王子と年頃の合う娘を持つ貴族たちは、軒並みレクシィを蹴落として娘を嫁がせようと狙っている。


 王子自身がそれを心底嫌がっているのを知っているレクシィは、苦笑いをうかべるのだった。



     ***

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