15、また明日
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マーストリヒティアン宮殿に集まっていた貴族たちは怪我のない者・軽い者から順に王都に戻り、重傷者たちは、召集された魔法医師や治癒魔法の使える者による治療を受けた。
かろうじて死者は出ていないものの、継続して魔法治療を受ける必要がある者は多そうだ。
魔王ベールゼブフォとその封印について、協議の結果、当面はそのままにし、ダンジョンごと王家の管理下におかれることになったのだった。
なお、王太子の誕生日祝いに水を注される形となったクレタシアス王家は、後日改めて、王宮で舞踏会を開いた。
レクシィとディノは、その舞踏会にて踊っている。
「あの……殿下。もう立て続けに4回踊っているのですけれど、4回以上同じ相手と踊るのはマナーに反するのではなかったでしたっけ」
「知るか。わりと命がけで戦ったんだ。これぐらいのわがままは通させてもらう」
恨めしげにこちらを見るレクシィ信奉者の男たちの視線。ディノはもう一切譲らんとばかりに、にらみ返しながら踊る。
今日はサファイアをメインにしたジュエリーを身につけ、着ているのもこの前の舞踏会とは違うドレスだが、婚約者は今日も誰より美しい。何度見ても心を奪われる。
「…………誰にも渡さん、絶対に」
「何か仰いました?」
「何でもない。そういえば、さすがに今日は暗器を仕込んできていないよな?」
「さぁ、どうでしょう?」
絶対持ってきていそうな答えだが、クスクス笑うとこれがまた可愛い。
「でも、この前のドレスは戦闘で可哀想なことになってしまいましたし、もう舞踏会では何も起きないでほしいですね」
「そうだな。修理できそうなのは不幸中の幸いだが」
「ええ。あのドレスがお気に入りなので。早くまた着たいです」
あの青いドレスには、王子の婚約者である立場を鑑みて防御魔法を付与していた。
そのおかげか、激しい戦闘にさらされていたものの再起不能なほど悲惨なことにはなっていなかった。
ディノは新しいドレスを贈ると言ったのだが、このドレスがいいのだとレクシィが言うので、職人に報酬を弾んでいま修理をさせている。
4回目のダンスが終わり、いまかいまかと待ち構えていたレクシィの信奉者の男たちがこちらに駆け寄ろうとする。
そうはさせるかと、ディノはレクシィの手を引いた。
「殿下?」
「こっちだ」
前回の轍を踏む気はない。
彼女の手を引きながら、混みあう紳士淑女の間を縫い、ホールを突っ切り、王族専用のスペースを通る。
後方で、レクシィを誘おうとしていた男たちが悪態をついていたのが聞こえたが、聞かなかったことにしてやる。
月明かりが照らす渡り廊下を通った先についたのは、楽団の演奏も遠く聞こえるほど離れたバルコニーだった。
クレタシアス王宮自慢の庭園が良く見える。
「会場を出てしまって良かったのですか?」
「俺の出番は当分ない。あのずうずうしい男どもに気を遣う義理もな」
「もう。そんなことを言うから陰口を叩かれるんですよ?」
「おまえと同じくな。
似た者夫婦で良いだろ」
「ふっ……!? まだ早……ああ、いえ、殿下までこちら側にいらっしゃらなくても良いと思うのですけれど」
「どういう側だ」
「それはまぁ……」
言いかけたレクシィは、ふと、何かを考え思い出すような仕草を見せた。
「どうかしたか?」
「そういえば、その……あの舞踏会で殿下が仰っていたことですけれど。魔獣たちが出てくる直前に」
────おまえは……俺のことを本当に、未来の夫だと思っているのか?
返事が聞けなかった、問いかけのことか。
「ああ。あれはもう良い」
「良い……んですか?」
「不本意ながら、おまえにとって俺はどうやら頼りないお子様でしかないようだからな……非常に不本意ながら」
「え、いえいえ、そんなことは」
「今回に関しては言い訳ができん。それに、俺が気絶している間におまえがしたのと同じことを、起きていてもできたとは思えんしな。
だが。それでも、頼ってくれたんだろう?」
「……?」
「ダンジョン潜入は、俺の希望のせいもあるだろうが、それでも力不足なら連れていかなかっただろう。
相棒として俺に背中を預けられると思ったから、俺を選んでくれたんだろう? 俺の力を、頼りに……」
言いながら気恥ずかしくなってしまって、ディノはレクシィから目をそらし、庭園を見下ろした。
彼女の表情を見る勇気がない。
「……今はそれでいい。今はな」
婚約者である以上、何事もなければ将来レクシィは必ずディノの妻になる。たとえディノに一欠片も愛情を抱いていなかったとしても。可愛い弟のようにしか思っていなくても。
クレタシアス王国にとってもそれで問題ない。だがディノはそれでは嫌なのだ。
(今は俺からレクシィを見つめるばかりだ。
彼女は俺を男としては見ていない。どうあがいても、俺より冒険者の仕事や討伐の方が彼女にとって魅力的なんだ。
だが、いつか)
いつか、男としての自分に夢中にさせたい。
自分の知っている彼女の一番キラキラした瞳を、自分だけのものにしたい。
「殿下、私は……」
レクシィが何か返事をしかけたその時。
「ディノ! ここにいたのですねっ」
一応今宵も主役のはずのプエルタ王女が、なぜか乱入してきた。
「姉上、私の出番はまだ先では?」
「急ぎ両陛下とあなたとわたくしとで話しておきたいことがあるのですわっ!
婚約者の侍女も連れてきましたし、さぁディノはわたくしと先に行きましょうっ」
レクシィの足をさりげなく踏みながら(いや、こちらもさりげなくレクシィは避けていたが)ディノの背後に回ったプエルタは、弟の背中をグイグイと押す。
「レ、レクシィ! また後で話を! 今夜が無理ならば、明日時間を取るからな!」
「行きますわよ、ディノ!」
ああこれはきっと、今夜は離してもらえない気がする。
ディノがそう予感しながらレクシィの方をふりかえると、彼女も小さく手を振りながら「では、また明日」と言うのだった。
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