12、魔王の主張
「……おまえのものだという証拠は?」
「さすが泥棒王家の息子だけのことはあるな。盗人猛々しい」
「何だと!?」
ベールゼブフォがまたパチンと指を鳴らすと、彼の手元に見覚えのある宝物が降ってくる。
王妃の半冠だ。
中央の大きな魔法石は無色透明でダイヤモンドに似ているが、みずから光を放っている。
「見よ。中央の魔法石を。
冠につけるにしては大きすぎる上、形がおかしかろう。
これはかつて、余の王笏を飾っていたものだ。
余と、あの勇者の戦いが五百年後も伝わっているというのなら、余が王笏によって魔法の威力を増幅したことも記録されているのではないか?」
確かに、ディノが読んだ記録の中に、魔法石のついた王笏のことは書かれていた。だが。
「だからと言って、王笏の魔法石と半冠のそれが同一だという証拠になるのか?」
ベールゼブフォは半冠の魔法石を指でなぞった。
とたんに色が黒く変わり、強い光を放ち始める。
同時に彼の魔力量が跳ね上がり、強い圧を感じた。
「ふふん。泥棒王家の者たちはこの魔法石の潜在魔力を引き出せなんだようだな」
「……百歩譲ってそれがかつてはおまえのものだったとして、もう五百年以上もたっていて今はクレタシアス王家の所有物だ。
それを盗まれたものだからと問答無用で強奪するのは、王と呼ばれる者のすることか?」
「さすがに癇に触るな童。
もう五百年もなどと、そこまでの長きにわたり余を封印した側である人間どもが言うのか?
重ねて言うが実に盗人猛々しい。王子と呼ばれる者のすることか?」
「くっ……」
「そうおっしゃると、こちらの分が悪いですが。
それでもその半冠はクレタシアス王家にとっても必要なものなのです」
ディノと違い、レクシィはさっきからかなり下手に出ている。
「要は冠が必要なのであろう?」
ベールゼブフォが魔法石に指先で触れると、パカリとその大きな石だけ外れた。
ポイと冠をディノの手元に投げる。
「童はそれを持って帰るが良い。中央には好きな石をはめよ」
「貴様……!」
「それよりだ、妃よ。宝石やドレスはどのようなものが好みなのだ?」
魔王の注意は、レクシィに戻っていた。
洞窟の天井からは、またドレスや宝石が降り始める。さすがのレクシィも、口元にあきれが浮かび始めた。
「うむむ、気に入らぬか。余が着せたいと思うものならばいくらでも思いつくが、五百年もたっているのだからそなたの好みには合わぬのだろう。
いまの流行のものを教えるが良い。いくらでも出してやる」
「ドレスは要りません。いま、とってもお気に入りの一着がありますから」
(!)レクシィが、そっとディノの手を握ってきた。
「むむ……ならばやはり宮殿か。
よし、この宮殿もすべてそなた好みに変えてやろう。もちろん寝室には特別力を入れねばな」
ベールゼブフォがレクシィに手を伸ばしてくる。
その次の瞬間。
「おおう!?」
魔王の後ろから数十本のナイフが群がるように襲いかかった。
「なんだ、これはっ!!」
〈斬殺爪〉だが、おそらく刺しても魔王の肌は傷一つつけられない。
ゆえに蜂の群れのごとく鬱陶しくまとわりつかせる。
狙いどおり魔王はナイフの群れを片手で払い、魔法石から意識が離れる。
「童、貴様っ……!」
その一瞬の隙を逃さず、レクシィの〈暴君竜の魔手〉が魔法石を魔王の手から奪い取った。
一斉に襲いかかるゴーレム、加えて湧いて出てきた魔獣たち。
二人はそれぞれ〈調整尾〉と〈獣脚〉を発動させて一気に階段の上まで上がった。
「さっき周りにちょうど良いドレスが降ってきたんでな。
そこに隠しておいたっ」
道を塞ぐモンスターたちを突破しながら、二人はそのまま来た道を走り戻る。
ディノが奇襲用にドレスの中にナイフを潜ませていたことに気づいたレクシィは、先ほどディノの手を握り、指文字で奪還の算段を伝えたのだ。
「魔王陛下には悪いですけど、人間側としては魔王と呼ばれる方の力を強化するわけにはいきませんよねっ」
「力が戻ったら滅ぼす気満々だしなっ。
目覚めたばかりで本調子じゃなくて良かっ……えっ?」
二人が走る道の先が急にドロリと泥のようにとけて塞がってしまった。
「――――〈暴君竜の噛断〉」
レクシィが魔法を発動する。その狭い空間で発現した竜の頭がすぐに岩壁天井を大きくガッツリとかじりとる。
道が見えた、と思ったらまたその先が塞がった。
「魔法石どころか妃まで連れていくのはいただけぬな、童」
声に、二人は同時に振り返る。
ベールゼブフォが笑みながらこちらに悠然と歩んでくる。
「さぁ、どちらも返すが良い」
「〈暴君竜の噛断〉」
「無駄だ、妃よ。ここまで手心を加えていたというのがわからぬか?」
レクシィがさらに〈暴君竜の噛断〉を撃つも、やはり何度かじりとっても泥砂が落ちてくるかのように道は埋もれてしまう。
「宮殿含むこの地下大迷宮そのものが、余にしか扱えぬ魔道具なのだ。
〈丸飲み泥地獄〉。逃げることなどできぬぞ」
「!」
ディノとレクシィの足元の地面も急にぬかるみ始め、泥が意思を持ったかのように足を絡めとり始める。
「さぁ、妃よ。魔法石とともにこちらに来い。
さすればその童は生きて地上に還してやるぞ?」
レクシィの〈暴君竜の尾撃〉をはじめ、まだまだ二人には反撃の選択肢が残っている。
だが、この空間でどれが有効なのか。
レクシィは冷静に考えている様子だが、ねっとり絡んでくる泥の不快な感触に集中力を奪われ、あせるディノ。
────その時。
「な……なんだ、それは」
ベールゼブフォも上ずった声をあげてしまう光景だった。
レクシィが持っていた魔法石が、強い光を放ちはじめ、彼女の胸元で宙に浮きながらクルクルと回転しはじめたのだ。
そうして魔法石は……レクシィの瞳と同じ、翠色に変化した。




