11、乱入した横恋慕
(!)
そのままいけば岩壁に叩きつけられたところ、レクシィの〈暴君竜の魔手〉に絡めとられギリギリ助かった。
鼻先すれすれを掠める岩に、ひやりとする。
ディノは革鞭に巻かれ宙を舞いながら、背後を取った者の姿を見た。
背丈は長身のレクシィよりも頭一つ以上高く、雪のように真っ白い髪はまっすぐで長く、血など通っていないのではないかと疑うほど白い肌。長い睫毛も真っ白く、それが時代がかった漆黒の衣服をまとっている。
人間離れした印象さえあるとてつもなく整った顔立ちだったが、なぜかその美しさにゾワっとした。
表情はある。微笑んでさえいる。だがどこか、人間とは違う。
「殿下、大丈夫ですか」
「ああ。すまん、助かった」
自在に動く革鞭は、ディノをレクシィのそばに下ろした。
さっきいた場所から大きく動いて、階段の下にいる。
彼女でさえ、まず距離を取るという判断をする事実が、白い男がどれほどの強者であるか物語っている。
「いやいや、美しい。
長い眠りから目覚めて初の侵入者が、これほどの美女とは。ここまでの美貌は魔族でも見たことがない」
「眠り……?」
(どういうことだ。ダンジョンで眠っていた?
封印されていたモンスターなのか?)
ズン……!!
洞窟の中が揺れ、岩壁が震えたかと思うと崩れ、岩を四角く切り出したものを重ねたようなゴーレムたちが一斉に出てきて周囲を囲んだ。
その数……ざっと見た限り、百体以上。
攻撃してくる様子はない。
ただ囲んで圧をかけるためということか。
「貴方は、一体?」
「女。名乗る前にこちらを誰何する無礼は褒められたものではないが、そなたの美貌に免じて許してやろう。我が名はベールゼブフォ・マエヴァラノ。貴様ら人間どもにかつて『魔王』と呼ばれた者だ」
「ベールゼブフォ……?」
レクシィは知らないようだったが、ディノはその名に覚えがあった。
「確か……五百年以上前、この国ができるよりも前に勇者によって倒されたとされる魔王の名だ。
王家の歴史書で見た」
「口を開くことを許可した覚えはないぞ、控えろ童」
「わっ…、お、俺は子どもじゃない!」
「だがそうか。もうあれから五百年にもなるのか。
卑怯な自称勇者とやらにだまし討ちにされ、地下宮殿ごと封印されて眠りについて……目覚めてみればダンジョン化して荒れ放題、しかも人間どもに荒らされ魔宝物までも奪われた。
人間など一人残らず八つ裂きにしても飽き足らぬところだが」
階段の上にいたベールゼブフォが、ふっと姿を消した。
と思ったら次の瞬間、「しかし、そなただけは惜しいな」とレクシィの肩を抱いている。
(!?)
ナイフを構えるディノの目の前で、レクシィは至って冷静にベールゼブフォの腕を取って背負い投げした。
地面に叩きつけられる前に「ふふん」と楽しそうに鼻を鳴らして彼は飛びのく。
地面を蹴り、追撃するレクシィ。
とても普通の人間には受けられない速さの連打や蹴りを、ベールゼブフォは笑みを浮かべてすべて受ける。
「良い! 良い! 良いな!
美貌の上にたいそうな魔力量だと感心していたが、魔法抜きでも良い腕をしている。
人間にしておくにはもったいない。
さぁ、名を教えろ、女!」
「ずいぶん余裕ですね!」
「! ぐふぅっ」
ベールゼブフォが気を抜いた一瞬、〈獣脚〉を発動させたレクシィの回転後ろ蹴りが彼の腹を串刺しにする。
その大きな体は十馬身(約24メートル)ほども跳んで岩壁にめり込んだ。
砕けた岩、土埃が舞う中、ベールゼブフォは地面に落ちる。
「…………う、おおおぅっ!
身体強化魔法か!
良いなっ、効いたぞ今のはっ」
そしてなぜか喜んでいる。
「五百年の間に魔法も進歩したのだなっ!
その強さ、ますます気に入った。
女! 余の妃となれ!」
「はぁぁぁ!?」
渾身のブーイングをしたのはディノだ。
起き上がったと思えば、ベールゼブフォは再びレクシィたちのすぐ前にいる。
厄介な瞬間移動に舌打ちしながら、ディノはレクシィを背にかばう。
「ふざけるな、彼女は俺の婚約者だ!」
「邪魔するな。子どもよ」
ベールゼブフォがぱちんと指を鳴らすと、何ということか、洞窟の天井から色とりどりの宝飾品が次から次へと降ってきた。
ダイヤモンド、ルビー、トパーズ、サファイア、真珠、オパール……。
さらには(古い型ではあったが)絢爛豪華な美しいドレスまでも降り注ぎ、積もり始める。
「見よ。魔道具でなければ、人間どもの欲望が求めるものなど余の魔法で出し放題だ。
今の宮殿は少しばかり荒れているが、なに、魔力をもう少し取り戻せば昔以上に豪奢にしてみせる。
永遠の命も授けてやる。魔獣どもを従え、五百年前の領土を取り戻し、王の妃として未来永劫この世のあらゆる贅沢と悦楽を味わわせてやろう」
「だから彼女は、俺の……!」
「魔王陛下」
レクシィがひざまずき、ディノは一瞬、血の気が引いた。
しかしそれは、淑女としてのカーテシーではない。
あくまで冒険者としてのそれだった。
「事情は承知いたしました。
先ほどの攻撃はともかく、陛下の宮殿に侵入いたしましたご無礼については、お詫び申し上げます。
わたくしはレクシィ・タイラントと申します。
クレタシアス王国の冒険者であり、こちらの第一王子ディノ殿下の婚約者です」
「ふむ。レクシィか……良い名だ。
麗しいそなたにふさわしい」
ニヤついている魔王、話を最後まで聞いていない。
「謝罪をお受け取りくださったと理解いたしましたので、つづけて申し上げます。
現在、この辺りはクレタシアスという人間の王国です。
お話を聞いていると、一度制圧されたダンジョンが、貴方が目覚めたことによって魔力濃度が上がり再ダンジョン化したようです。
そのモンスターの一匹が我が国の王妃陛下の半冠を奪ってしまったんです。
魔力探知ではすぐこの下にあるはずです。
私たちはそれを取りに来たのですが、返していただけませんか」
「ああ。あれか。吸血蝙蝠が取り戻してきた、あの魔法石か」
「取り戻す……?」
ベールゼブフォはうなずいた。
「半冠の中央にはめこまれた大粒の魔法石。
あれは我が魔宝物の中でも最も貴重なもののひとつであった。
おそらく余の封印後、人間どもが略奪したものとみえる。
吸血蝙蝠は知っていたので取り戻してきてくれたのだ」
よって、とベールゼブフォは言葉を切る。「あれは余のものだ。返せぬ」




